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2004年10月の32件の記事

2004.10.31

晩秋の森にて

obi.jpg
EOS10D EF200mmF2.8L
通勤の途中、「帯広の森」という場所がある。
朝ここを歩くと、ジョギング中の知らないおじさんから挨拶されたりして、ちょっと気持ちの良い森。

2004.10.30

好きな場所

202_0259.jpg
EOS10D EF17-40mmF4L
家の近くの風景。だいたいこんな感じのところに住んでいます。

この写真はとあるお気に入りの場所から、いまさっき撮ったもの。
農家がたき火をしていて、その煙が不思議な雰囲気を出していました。

2004.10.29

季節感のない家

昨日、家の外にある水道管を破裂させてしまった。

この水道管は庭や緑化屋根に水を遣るために配管してあるのだが、冬になる前に管の中の水抜きをしないと、管のなかの水が凍ってしまい水道管が破裂してしまうことになる。

そんなことはすっかり忘れていている間にも冬は着実に近づき、冷え込んで氷点下になった昨日の朝、とうとう破裂…となってしまった。


水抜きを忘れてしまったことには理由がある。

移住時に住んだ家賃2千円の古い家は、すきま風が吹き込む、実に季節感溢れる家だった。
この時期は、日々寒くなっていくのがダイレクトに体感でき、今日は暖かい、今日は寒い…と実感しながら生きていた。

氷のように冷たい床。心臓が止まりそうなほど寒い浴室やトイレ。
寒い日は家の中で凍え、布団にくるまって寒さをしのぐ。

夜中に凍ってしまい、うまく炊けない朝のご飯。
真冬には家の中に雪が吹き込み、床に置いた犬の水が凍り付く。
今夜のこの寒さだったら、明日は冷え込むだろうから水抜きをしておこう…そんなことを思う日々。


それがこの四つ葉屋根の家はどうだろう。
魔法瓶のようなこの家は、外が5度だろうが、-5度だろうが、はたまた-20度だろうが、家の中にはほとんど無関係。
外の音もほとんど聞こえないので、カーテンを閉めてしまえば、雨が降っているんだか、寒いんだか暑いんだか全然わからない。

家の中は常時24度程度に保たれ、メインの床下暖房の操作も給油もぜんぶ自動。
家の中で長袖なんて着たことすらないし、全面床暖房でスリッパも靴下もいらない。

水抜きなんて必要ないし、そもそも水抜き栓なんてこの家にははじめから無いのだ。

最新の高気密高断熱の家の威力は絶大で、それはそれは快適そのものだ。


でも、本音ではちょっとだけ前の家が懐かしい。

朝、となりの家族が雪かきをしている音。
2月、寒くて寒くて寝られない夜が続き、ある日ほんのちょっとだけ暖かいことを感じた朝。
ポタポタとつららの溶ける音。
2枚重ねてはいた靴下を1枚にする日。
電気毛布の温度設定を少し下げられる夜。

春の訪れを感じる瞬間、なんだかわからないけれど、魂を揺すられるほどの感動がある。
春を感じて感極まり、とうとう涙した家族。
それは長く寒くつらい冬を乗り越えた者だけに与えられた感情だ。


季節を全身で体感できる家と、季節感のない家。
500mくらいしか離れていないけれど、とても同じ地域に建っているとは思えないほど違う2件の家。

前の家に戻りたいとは思わないけれど、でも、あの家はあれはあれで良かったな。
そんなことを思う今日この頃だ。

2004.10.28

自家製イクラの味

この季節、必ず作っているものがある。
それはイクラの醤油漬け。

…北海道に来て「これはうまい!」と感激したものベスト5には絶対入れたい、それがこの自家製イクラだ。

本州にいた頃はあまり見かけなかったような気がするけれど、北海道ではこの時期、生の鮭のタマゴ(生筋子)が大量に売っている。
値段は年によって違うけれどだいたい100g300円弱くらいだろうか。


移住してきて最初の秋に試しに作ってみたら、これがめちゃくちゃおいしい。
臭みがなく、コクがあって、口の中でおいしさが広がる。

神奈川から来た義母などは、私はイクラ嫌いだから…とか言っていたのに、食べてみたら「こんなにおいしいとは!!」とパクパク食べた、、なんて話もある。


イクラの作り方は、単にお湯でほぐしてタレに1晩漬けるだけ。

タレは市販のイクラたれとかもあるけれど、我が家のレシピは、醤油1:みりん1だ。
その他には何も入れない、無添加・無着色の味。

今年も先週末にイクラを作り、1週間分のつもりだったがすぐ食べ終わってしまった。
真っ白な炊きたてご飯に、ご飯を覆い尽くすほどの自家製イクラ。
思い出すだけでよだれが出そうだ。

ただしイクラは栄養価も高そうだし、味も濃い。
調べたことはないけれど、たぶん高カロリー食品だろう。コレステロールも高そうだ。

尿酸値が高いですよ、と言われ気味の自分としては、好きなだけ食べるのもちょっと躊躇するところ。

2004.10.27

初雪と雪見照明

2004年10月26日。
とうとう私たちの住む土地にも雪が降ってきた。

今日の雪はハラハラと舞う雪。
先日も少し白いモノが舞っていたけれど、個人的に今日を初雪の日とすることにしよう。

今日の雪は地面に落ちてすぐ溶けてしまう、そんな雪だった。


雪のふるさまはどうして心にぐっと来るのだろう。

雨も似たようなふりかたをするけれど、でも雪の降る様子は見ていて飽きないし、心惹かれるものだと思う。


四つ葉屋根の家では、1階と2階の両方に大きめのウッドデッキがあるが、それぞれ明るめのライトを設置した。
実は照明は雪を見るためにあるもの。


静かに雪の降る夜、部屋の照明を落としてカーテンをあけ、ライトの光を空に向けて投げると、まるでなにかの舞台のように、照明に照らされた雪がしんしんと降り積もる様子を見ることが出来る。

それはまるで夢のような景色。


この話を他人にするとほとんど変人扱いされてしまうのが難点だが、でも誰が何と言おうと、私たちはこんな雪の降る様子が大好きだ。

こんな夜ももうすぐだ。
今年も雪を楽しみ、冬を過ごしていきたい。

2004.10.26

地震

新潟中越地震で被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。
ただただ頑張って下さいとしか言えません。
一日も早く、被災者のみなさんが元通りの生活に戻ることを願っています。


大きな地震といえば、昨年2003年の9月に起こった十勝沖地震。
ちょうど四つ葉屋根の家が完成する間際で、まだ引き渡しは済んでいないものの、新しい家のほうが暖かいし快適なので、鍵を借りてとりあえず布団だけ持ち込み、フローリングに敷いて泊まっていた。

午前5時前、突然の地鳴りと家を揺らす大きな音で飛び起きると、とても立ち上がれないほどの揺れ。
建ったばかりの家なので倒壊の心配はあまりしなかったけれど、それでもとてもとても怖くて、揺れが収まるまでの間の長かったことを思い出す。震度5程度だったらしいけれど、家から飛び出すなんてとても無理で、揺れている間は歩けないし、立ち上がるのも難しい。

幸いたいした被害はなく、停電としばらく電話が使えなかった程度だが、いつ止むともわからない余震は非常に恐ろしいものだった。

また地震発生から、テレビは停電で使えないし(一応小さなものは寝室にあった)、情報を取得できる手段がなにもなく、たとえばどこかで大きな被害ででているのか、実はもっと大きな地震の前触れではないのか、避難の必要はあるのか、とりあえず今はどう行動すべきなのか…などがまったくわからなかった。
実家や遠地の友人たちも、電話がしばらく使えないことでだいぶ心配をかけたようだ。

その経験があって、寝室には引き抜くと点灯する懐中電灯を設置し、電池式のラジオもすぐ手に届くところに置いている。

本当に地震は恐ろしいものだ。
新潟の地震も震度4程度の余震が続いており、その不安感といったら想像を絶するものがある。
備えあれば憂いなしというけれど、寝室には背の高いものを置かない、大きな家具は固定する、ラジオや懐中電灯、食料などを確認する…などの、できるところから確認していきたい。
そして新潟の地震に対して自分たちにもできることを考えていきたいと思う。

2004.10.25

テレビのないリビング

我が家は「テレビを見ない家」だ。
別にテレビに恨みがあるわけではないし、思想的に「テレビを見るのはダメ」とかそういうものがあるわけでもない。昔は普通にテレビを見る人間だったと思う。

ただ、結婚し、さらに北海道に移住してから、いろいろなところに出かけたり、犬と遊んだり、本や新聞を読んだりウェブを見たり、夫婦での会話の時間などが増え、相対的にテレビの視聴時間が少なくなり、最終的にはほどんどゼロになってしまった。

見なければ見ないで特に問題はなく(先日の新潟地震のときなどに、翌日の新聞を見るかブラウザをニュースを開くまで知ることがない…という問題はあるけど)、かえってテレビという存在がない空間のほうが静かで心地よい空間に思えるようになった。
そこで我が家ではリビングにはテレビをあえて置かないことにした。というより、家を新築する前3年ほどリビングにはテレビがない…。

ただ、レンタルビデオ屋でビデオ(今はDVD)を借りて映画を見るのは好きだ。

そこで新築ついでに「ホームシアター」を設置してみることにした。といっても、別にAVが趣味なわけじゃないし、機械にこだわりがあるわけでもなく、まぁちょっと大画面で映画が見られたらいいな…という程度の意識。

設置場所はリビング。液晶プロジェクターと収納可能なスクリーンで、画面サイズは120インチくらい。

これについてはまた別項で詳しく書こう。

2004.10.24

もしかして赤ちゃん!?待望の妊娠判明!

昨日のこと。
2004年10月23日土曜日、妻と一緒に産婦人科を訪れた。

基礎体温で高温が続き、月のものが遅れ、もしや!?と市販の妊娠検査薬で検査したところ、はじめての陽性反応を見たのがつい先日。
いままで何度妊娠検査薬を使ったかわからないけれど、はじめて見た陽性の線。
嬉しいという気持ちよりも、本当に??という気持ちのほうが先に来た。


そして昨日、産婦人科でたしかに私たちの子どもの元らしきものの姿が超音波画像に映し出された。
医師は「おめでとうございます」と、確かにそう言った。
clip_1.gif

現在妊娠5週。予定日は2005年6月22日だという。


私たちは結婚して7年目になる。

結婚してからずっと子どもが欲しいと思っていたし、計画的に子どもを作らないようにしていたわけではない。

今の今まで誰にも言ったことはなかったけれど、実は不妊治療で婦人科の門を叩いたこともある。

自分は23歳で結婚してもうすぐ30歳。妻は31歳。
白状すると、このままふたりだけの人生かも?とうすうす思っていたし、それはそれでいいかも…と思い始めてもいた。
親親戚を含め、子どもは?とは次第に誰も聞かなくなり、なんとなくその話題は避けるようになっていた。
もしかしたら、自分たちはそういう運命のもとの夫婦なのかも?とも。


そして今回の妊娠判明。
「待ちに待った」とはまさにこのことだ。


今は素直に天からの贈り物を喜びたい。
はっきりいってとても嬉しい。

この嬉しさはいったいどこから来るものだろう。


自分の子ども。
一緒に人生を生きていこうと誓い合った妻の子ども。
無事に経過すれば、2005年に新しくこの世にデビューする予定の私たちの子。

なんだかわからないけれど、今の私たちは不思議な幸福感に包まれている。


なにもかもわからないことだらけ。
初めての妊娠や出産に対する不安はある。
こんな田舎で大丈夫かどうかの不安もある。
もちろん親になることに対する不安もある。

でも今はそんな不安よりも期待や嬉しさのほうがずっと大きい。


まだまだ妊娠2ヶ月のはじめ。
おなかのなかは胎児以前の胎芽という状態で、大きさはまだ数ミリといったところ。
いまのところ経過は順調だそうだが、まだ心拍は確認できないし、これから無事に育つ保証はどこにもない。
妊娠初期の大事な時期で、まだまだ経過は油断ならないし、万が一ということもあるだろう。

でもいまは夫婦ともども、出産のその日までただただ無事に育つことを祈っている。
2004年10月23日は、はじめて小さな、ほんとに小さな、あなたの姿を見た日。
しっかり育ち、ちゃんと生まれて来い。

この話をブログに書くかどうか迷った。
まだ時期が早いかとも思った。

でも自分にとってはとても大きな出来事だし、この今、今感じたこの気持ちを書き留めておきたいとも思ったので、書くことを決めた。


…てなわけで、ブログに新しいカテゴリーができます。
「兼業主夫の家族が増えるまで」、どうぞよろしくお願いします。

2004.10.22

兼業主夫の家事 食事の後かたづけ編

周りの人に話を聞くと、食事を作るのは得意、あるいは楽しいけれど後かたづけはあまり好きではないなぁ…という声を良く聞く。

自分もそのひとりで、できればやりたいないし、あまり得意とも言えないのが食事の後かたづけだ。

でもこの片づけ、実はとても簡単で時間もあまりかからない。
というのも「食器洗い器」という最終兵器?があるからだ。

以前家の話のキッチンのところで紹介したが、我が家には以前から使っていた食器洗い器があり、今回はキッチンにこの食器洗い器を埋め込みで設計した。


一応6人用…というのを使っているが、調理器具なども入れると実際にはふたりぶんでちょうどいいくらい。

皿に残ったゴミやかすを三角コーナーに捨てて、あとは食器洗い器に入れるだけ。
洗い・すすぎ・乾燥まで自動なので、スイッチ入れたら放置するだけだ。

皿は食器洗い器のサイズに合わせて考えて買っているので、原則として入れられない、入らない食器はない。
確かめたわけではないけれど、食器洗い器が使うお湯は電気でわかすのではなく、灯油ボイラーから給湯できるように配管したので、エネルギーコスト的にも安いのではないだろうか。


あとはゴミを捨てて、大きな鍋を簡単に洗って、台ふきんでフキフキすれば完了。
こんなときIHヒーターは掃除が楽々なので重宝する。

毎日作業している方には大変申し訳ないけれど、はっきりいって「食器を洗う」なんてことは非生産的で無駄で、なんの役にも立たないツマラナイ作業だと心から思う。
だから、すべての家庭は食器洗い器を導入すべきだと思うのだが、いかがだろうか。


毎日の洋服を洗濯機を使わないで洗濯する人なんていないし、「洗濯機なんていらない。手で洗え!」という人もいないと思うけれど、まったく同じ理由、同じ感覚で食器洗い器を使うべきだと思うし、使っている。

人生でもっとも限られていて、大切にするべきものは時間だろう。
時間短縮につながる機械や仕掛けは積極的に使いたい。

専業主婦の人も仕事を持つ主婦の人も、もちろん夫たちも、みんなで食器洗い器を使いましょう。

2004.10.21

あぐらで食事する人 + いすで食事する人

四つ葉屋根の家のLDKには3畳ちょっとの畳コーナーがある。

この家には独立した和室はないが、やっぱり日本人だからゴロンとできる場所が欲しいし、畳の感触もまたいいものだ。


さて、この家には現在2名の人間が住んでいる。

ひとりは、床にあぐらをかいてご飯を食べたい人。
もうひとりはイスに座ってご飯を食べたい人だ。

ふたりは夫婦だから、もちろんご飯を一緒に食べたい。
あぐらの人とイスの人が一緒のテーブルでご飯を食べるのはどうしたら良いか?

FH010012.jpeg
その答えがこの写真の奥の方に写っているテーブルだ。

これは私たちが案を出し、それをもとに建築家が設計して実現したもの。

ゆっくりじっくり家造りに取り組んで、自分たちの好みを追求していくと、こんなことまでできてしまうのが注文住宅のおもしろいところだ。


もちろん畳コーナーの高さは、あぐら希望者(私です)の座高の高さから使いやすい高さをシミュレーションして計算したものだし、テーブルの高さも同様。言うまでもなくすべてオーダーメード。

特にテーブルは「カラマツの家」なので、どうしてもカラマツの天板にしたい…という希望が建て主の私たちにも建築家にもあって、材木屋さんのずっと奥に何年も眠っていた木材(もちろん無垢材)を探して譲ってもらっい、加工業者に依頼して作ったものだ。

tanita.jpeg
↑倉庫の奥から出してきたカラマツの板を前に。材木屋の瀬上さんと建築家佐藤さん。

このテーブル、私たちが最初に見たときは単なるカラマツの板(推定樹齢70年くらい)だった。
この4m×60cmくらいのものを2mずつに切り、それを左右で貼り合わせて作ったのが天板。
長さ2m弱、幅1m弱、厚さも10cm近い堂々とした天板は、重量感もあって私たちはとても気に入っている。

使い道がなくてずっと眠っていた木材に命を吹き込み、今こうして家具となって役立っているというのもいい。完成記念パーティでは、材木屋の瀬上さんがこのテーブルを見てとても喜んでくれたのが印象的だった。

また足の長さが左右で異なり、普段はこのように畳コーナーをまたいで設置しているが、長い方の足が交換可能になっていて、普通の座卓にもなるところも気が利いている。


畳コーナーの下は3連の巨大引き出し収納になっていて、これも町内の建具屋さんにオーダーして作ってもらったものだが、幅約90cm、深さが約30cm、奥行きがなんと180cmもあるもの。
ここにはたまにしか使わないカセットコンロやホットプレート、土鍋、あまり使わない食器、それに仕込み中の味噌などが入っていて、とても重宝している。

これも設計図を見ていてふと思いついて発言した「この下を収納にしたらどうだろう?」というのが実現したものだ。


ちなみにこのテーブルの制作費用は、材木代と加工費合計で10万円もしないし、畳コーナー下の巨大引き出しも3つで10万円程度と、こだわった割にはとても安価にできたと思う。

2004.10.20

冬がすぐそこまで

たまたま朝5時半頃に目が覚めてカーテンを開けると、庭にうっすらと霜が降りていた。
温度計は0度を示している。

つい先日鮮やかな紅葉を見せていた庭のもみじはいつの間にか葉を落とし、寒い空に枝を揺らしている。

冬がすぐそこまでやってきている。


十勝の冬は寒い。
晴れた朝は普通に氷点下25度くらいになるし、最高気温がプラスにならないこともよくある。
でも東京などと同じ太平洋側の気候なので、冬は晴天に恵まれることが多く、また空気がとても澄んでいるので、どこまでも青い青い空が広がっている。

真っ青な空と、真っ白な大地。
そして遠くにそびえる日高山脈。
地平線まで見えそうなほど、どこまでも広がる純白の大地。
ピンと張りつめた空気にキラキラ光るダイヤモンドダスト。
…それが十勝の冬の風景。

自分はそんな冬の十勝の風景がとても好きだ。


冬の十勝は白の国。

自分は雪国の出身ではないので、どうしても雪には特別な思いを持ってしまう。
幼い頃、明日は雪になるでしょう…というニュースに胸躍らせた記憶が、心のどこかにあるからだろうか。


たしかに冬の生活は大変だ。
冬の道路は全面アイスバーンと化してしまう。
いままでに4回冬を越えたものの、冬道に馴れることはない。片道30kmの通勤路は時に大変な苦痛だし、なんでこんな思いをして運転しなければならないんだ…と思うこともなくはない。
一晩に1m近く積雪した朝は、雪かきでうんざりすることもたしかにある。


でも、それを差し引いても十勝の冬の景色は魅力的だし、いちばん好きな季節は?と聞かれたら、やはり冬と答えると思う。


晩秋、遠くの山の上の方が白くなっていることに気づく日。

明日は冬将軍到来となるでしょう…という天気予報を聞く日。
そしてある夜を境として、まるで魔法にかかったように一日で風景がガラリと変わってしまうその日。


今年もまた長い長い冬がやってくる。

楽しみなような、怖いような、そんな冬が。

2004.10.19

お風呂にとことんこだわる

bath.jpeg

私たち夫婦はお風呂に入るのが好きだ。

身体さえ洗えれば風呂なんてどうでもいい…という考え方があるのはわかるけれど、私たちにとっては風呂タイムは一日のなかで楽しみな時間だし、一番リラックスできる時間だ。

だから風呂にもこだわりたい…と考えた。


できれば木の内装。そして足を伸ばして入れる大きな浴槽。

風呂に入りながら庭の緑や遠くの日高山脈の景色が見たいし、空も見たい。
従って、風呂の位置は家の中でいちばん良い位置、つまり南側で決まりだ。

当然、浴槽からでも外が見えるほど大きな窓が付いている必要があるだろう。
そして誰がなんと言おうと、風呂のガラスは透明。

風呂の機能にはあまりこだわらないが、温度調節シャワーと追い炊きくらいはできたほうが良いだろうか。
もちろん浴室テレビなどは必要ない。


さて、風呂の作り方だが、ユニットバス、つまり浴槽から洗い場、天井まで一体のユニットになっている形のものを設置するのが一般的な現代住宅だ。

その一方、在来工法とでもいうか、左官屋さんや大工さんが床や天井などをそれぞれ作るものもある。


私たちの家は「木の家」なので、できれば浴室内装も木張りにしたい。
でもやはり水を使うところなので、メンテナンスを考えると、やっぱりユニットバスも捨てがたい。第一コストが全然違う…。

そこで建築家佐藤さんからの提案。
それはハーフユニットとでも呼ぶべき、半分ユニットバスになっている風呂だ。

INAXのカタログで見つけたそれは、人工大理石の浴槽と洗い場床、床から40cmほどまでがユニットになっている「下だけ」のユニットバス。ユニットとはいえ、ヒノキのすのこが床になっていて、四つ葉屋根の家の雰囲気にもぴったり。
1.25坪タイプなので、まあ広いほうだと思う。

壁と天井は、秋田の建築家西方さんの親戚?から譲り受けた青森ヒバ。
なんだかとっても良いところを送ってくれたらしく、節ゼロの素晴らしい木材だ。
このヒバ材、建築中からとても良い香りを発している。


そしてこれは自分の思いつきなのだが、風呂の照明スイッチを調光式スイッチにしてもらった。
夜に入浴するときは、気分によって明るくしたり、またほとんど真っ暗になるほど暗くしたりする計画。

また別項で書く予定だが、四つ葉屋根の家は「夜の暗がりを楽しむ」というテーマもあるので、その一環でもある。


そんなこんなで完成した風呂は、はっきりいって素晴らしいの一言。
ほのかに香るヒバの香り、やさしい雰囲気の桃色の人工大理石の浴槽。暖かい白熱球の照明。
もちろんイスや洗面器も木製のものを買ってきた。

大工さんも「こんな風呂初めて作った」と言ったけれど、建て主の私たちとしても、特にお気に入りの空間になった。

星がきれいな日は、照明を落として窓に目をやると、ちょうど遠くのカラマツ林が夜の空に浮かび上がり、広がる空には満天の星空と天の川を見ることが出来る。

月明かりのきれいな夜は窓から差し込む月あかりの下で身体を洗うのも風情がある。

冬にしんしんと降り積もる雪を見ながら風呂に入るのも、晴れた日に流れる雲を見ながら風呂に入るのもまた格別。
ぬるめの風呂に入りつつ、外を見ながらうとうとするのも幸せな時間だ。


浴室の照明を調光式にする…というアイディアは我ながら素晴らしいと思っている。
なぜ浴室照明の基本仕様ではないのか不思議なほどだ。

これから家を建てる人には、ぜひぜひお勧めしたい。
照明スイッチを調光スイッチに変えるだけだから、追加コストも数千円ではないだろうか。

ぼんやり暗いお風呂で、ぬるいお湯にゆっくりゆったり風呂タイム。
今日もお風呂に入るのが楽しみだ。

2004.10.18

移住と過走行車

昨日、セカンドカーのタイヤをスタッドレスに換えた。

このクルマ、走行距離がまもなく18万キロ。
新車で購入してまだ6年。
気持ちの上ではまだ新車なのに、またずいぶんと乗ってしまったものだ。

もともと出かけるのが好きで、横浜に住んでいたときからクルマは乗るほうだったけれど、北海道に来てから走行距離が飛躍的に伸びてしまった。

このクルマには北海道に来てからの4年半で15万キロ、別のクルマに3万キロくらい乗ったと思う。
計算すると、こちらに来てから年間なんと4万キロ乗っていることになる。

自分は現在、こちらの感覚では理解されにくい距離を通勤しているが、それがだいたい片道30キロ。
だいたい年間240日会社に行くとして、往復60kmとすると、通勤の走行距離は1万5千キロほどだ。
すると年間2万5千キロを「通勤以外のドライブ」で使っている計算になる。


ここの生活は自動車がないとコンビニすら行くことができないから、クルマはまさに下駄。

その一方で、吹雪のなか不意の故障などしてしまったら命に関わることになるので、信頼できるクルマであることが絶対条件だと思う。
だから自分はクルマは新車で買って、走らなくなるまで乗るのが好き。

どうせあっという間に距離乗ってしまうのだから、中古で下取りに出すのなんて無理だし、下取りのことを考えて大切に大切に乗るのも性に合わない。

中古車市場では10万キロ越えたらほとんどゴミ扱いされてしまうのだから、乗れるだけ乗るのがいいんじゃないんだろうか。


さてこのクルマ、あとどのくらい走れるのだろう。

過走行車とはいえ調子は絶好調。燃費も1500ccFFで16km/L前後と非常に良好。
温暖な横浜から運び、マイナス25度からプラス35度まで、年間60度もの温度差のなかを酷使しているが、いまのところ致命的な不調は一度もないし、ディーラーには購入後一度も行ったことがない。

マイナス25度でろくに暖気もしないで走ったり、2万キロもの間オイル交換を忘れていたり、吹きだまりを強行突破したりと、クルマに詳しい人が聞いたら怒りそうな扱いぶりだ。

さすがにサスはヘタりまくってきたし、剛性も落ちている感じはするし、高速道路はちょっと厳しい感じだけど、でもまだまだ乗れるはず。


…今度の週末あたり、たまには洗車でもしてみようかな。
もう老年、これからは少しいたわって乗っていきたい。

2004.10.17

星を見るのは好きですか

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午前0時すぎ、家の近くの展望台に涼みに行ってみたら、降るような満天の星空。

たまたまカメラと三脚を持っていたので、試しに撮ってみたのがこの写真。
星の写真を撮るのは初めて。
適当に撮ったわりにはちゃんとオリオン座と冬の大三角形が写りました。

EOS10D EF17-40mmF4L(17mm) F4.5 30秒固定露光

2004.10.15

ペットシッターという名前の革命

我が家には室内で飼っているワンコ(♀)がいる。

父親不明の雑種だけど、とてもカワイイ奴だ。
毎日忙しくて殺伐となりそうな心を癒す、とても大事な存在。

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さて、私たち夫婦は旅行をするのがとても好きだ。
道内でも国内でも海外でも、とにかく出かけるのが好き。

一時期は、土曜日の夜を自宅で過ごすことよりも、ホテルや旅館等の旅行先で過ごすことのほうが多かったほどあちこち行くこともあった。
また移住者なので、ときどきは関東の実家に帰省することもある。


そこで大きな問題がある。
それはワンコをどうするか、ということ。

1泊、長くても2泊程度であれば、自宅で留守番してもらうこともできるが、さすがにそれ以上は置いておけない。
しかし2泊までということになると、行き先はかなり絞られてしまう。
道内は離島以外ほぼ大丈夫だが、道外は十勝から直接飛行機で行けるところ近辺(東京/名古屋周辺/大阪周辺)中心になってしまうし、海外となるとどこもきつい。

年末年始の帰省になると2泊というわけにはいかず、結局連れて行くしかなくなる。
すると実家での移動を考えると車で行くことになるが、これはこれで結構大変だ。
ペット対応のフェリー路線は少ないし、ワンコ自体のストレスも大きくて、できれば連れて行きたくない。

いつもお世話になっている動物病院に預かってもらったこともあるけれど、ストレスから脱毛症のようになってしまい、トイレにも問題があって、もう預けるのはやめよう…という結論。
ペットホテルも似たようなものだと思う。

だから、いつも「出かけたいのに出かけられない」あるいは「なにかあったときどうしよう…」と悩んでいた。

と、あるとき新聞でペットシッターという職種のことを知った。
なんと家までやってきて、ペットの世話をしてくれる…という話。

はっぴいワンの齊藤さんという方がその人だ。


さっそく連絡を取ってみると、かなり遠い我が家までも来てくれるという。

わずかな費用で、散歩とエサやり、トイレの手入れなどをやってくれ、しかも家の中の植物にお水まであげてくれる。
齊藤さん自身もとても感じが良くて、世代も近く(たぶん?)、安心して家を任せられる感じだ。

シッター中はとても詳しい日報を毎日書き置きしてくれていて、留守中のワンコの様子もわかるし、体調もわかるし、もう至れり尽くせり。とても素晴らしい仕事ぶりだ。
ワンコ自身もすぐに馴れて、リラックスして留守番しているように感じる。

齊藤さんを知ったことは我が家にとってはまさに革命だ。

これでいつでも家を長期間留守にできるし、たとえば夫婦のどちらかや家族が入院などの事態になっても「ワンコは齊藤さんに電話一本入れれば大丈夫」という安心感がとても大きい。

現に今年の初めに齊藤さんを知って、今年ワンコを飼い始めてはじめて海外にゆっくり行けたし、浜名湖花博や中部地方に住む友人宅訪問など、行きたかったところに行くことができた。

国際ローミング携帯電話と齊藤さんが居れば、日本中世界中どこに行ってもワンコは安心。
齊藤さんにはずっとお世話になりたいし、これからもこの仕事を続けて欲しいと心から願う。

本当はここにこんなことを書いて齊藤さんの仕事が忙しくなり、ウチに来てもらえなくなると困る…とも思ったけれど、まぁこんなブログの影響なんてたかが知れているし、齊藤さんには本当に感謝しているので、やっぱり紹介しようと思う。


齊藤さんのおかげで私たちもワンコも安心です。
いつも本当にありがとう。

2004.10.14

四つ葉屋根の家のキッチン

FH010008.jpeg

いま、住宅を新築するとたいていはシステムキッチンが付いてくる。

システムキッチンとは本来、流し台やコンロなどの各パーツを規格化し、異なるメーカー間でも一緒に使えたりするシステム化されたものを指すのが本来の意味だったようだが、いまではコンロや流し台などが一体化され、引き出しや収納棚など、デザインが統一された台所設備をまとめて「システムキッチン」と呼ぶようだ。

システムキッチン、たしかにキレイだし、使いやすそうに見える。
高額なものになると、食器洗い器が内臓されていたり、引き出しの動きに工夫があったりと、なかなか多機能。
しかしシステムキッチンというのはなかなか高価なもので、安いものでも30万円、欲しそうなものなら50~80万円、高いものだと100万円以上するのはザラだ。

私たちも当初は各社のカタログを見たり、ショールームをまわったりして、あーでもないこーでもない、とやっていた。施主支給という方法があることなども知っていた。


一方、四つ葉屋根の家は地元のカラマツにこだわり、細部に至るまでカラマツづくしの家で、壁は塗り壁+腰板、真壁造りの現代和風の雰囲気。

各社のカタログを見ても、どうもそうした雰囲気にあったキッチンは見あたらず、どれも洋風な「今ふう」のものばかり。もちろんカラマツのキッチンなんてあるわけない。


そんなことを建築家佐藤さんと話していたところ、意外な提案を手にした。

...キッチンも家の雰囲気に合わせてゼロから作っちゃいましょうか?


結局その提案を2つ返事で受け入れることになる。

キッチンの天板(ステンレス製)は佐藤さんがサンウェーブと交渉して購入。

それを建具屋さんに持ち込んだ。
その他の素材はもちろん地元産カラマツ(集成材)。
ただし、建具屋さんではそれを用意できないので、佐藤さん自らが探してきたものを持ち込んだ。


食器洗い器は、すでに何年も使っていたサンヨーの縦型のものがあったので、これを内蔵できるように設計。
システムキッチンに内蔵可能な食器洗い器は非常に割高であるが、これは家電店で5万円程度で買った安い汎用品。
キッチンに合わせて食器洗い器を買うのではなく、既存の食器洗い器に合わせてキッチンを作る…という発想が楽しい。

IHヒーターの下は鍋などを置く棚だが、ここは板金屋さんに図面を渡して作ってもらった。
実際の据え付けは大工さんと設備屋さん、それに水道屋さんが担当だ。


このキッチンは兼業主夫である自分が主に使い、ときに妻とふたりで料理を作る…という前提で設計。
もちろん、すべての寸法は自分の身体に合わせて設計し、隅から隅まで専用仕様のサイズだ。
ちょっと大柄なふたりが料理中にすれ違える広さも計算済。


使う人やライフスタイルに合わせて、家のほうがサイズを合わせた家。
当然、非常に使い勝手が良い。これぞ注文住宅の神髄だと思う。

ちなみにこのキッチンにかかったコストは、サンウェーブから購入したステン天板、設備屋さんから購入したIHヒーター、換気扇フード一式、材木屋さんに支払った木材代、それに建具屋さんの加工費を合わせても、一般的なシステムキッチンよりもまだ安い。

各者の打合せや仕様検討等で手間がかかったけれど、そのぶん値段が安く上がり、しかも「自分だけのもの」と愛着を持って使えるものができたと思う。


他にも家具工房のようなところや、家具メーカーでもオーダーキッチンの制作を行っているところが結構ある。
しかもシステムキッチンに比べてべらぼうに高価…というわけではない。


新築の家にはシステムキッチン?
それはそれでいいけれど、その他にもいろいろな方法がある…ということも考えてみてはいかが?

2004.10.13

雪虫


雪虫を見た。


雪虫(ゆきむし)をご存じだろうか。

この時期、北海道では見ることが出来る、小さな羽根が付いた4ミリくらいの小さな小さな虫。

手で簡単につかまえられ、つかまえるとすぐに死んでしまう弱々しい小さな生き物だ。

粉雪が舞うように雪虫が飛び交う姿は、まるでこれからやってくる長い長い冬を予感するような、少しもの悲しいような、そんな風情がある情景だ。


この季節になると、どこからかやってきて、その姿を見ることが出来る。

北海道人はこの虫を見ると、まもなくやってくる雪の季節を予感する…。


雪虫を見ると、ほどなくして灰色の空から真っ白な雪が舞い降りてくる。


雪虫、それは雪の季節の訪れを告げる、晩秋の使者--

2004.10.12

間取りと夫婦関係

「四つ葉屋根の家」は、SOHO仕事場兼用住宅だ。

当初から×LDKというような一般的な間取りにするつもりはなく、自分のたちの生き方にあった間取りにしたい…と考えて設計が始まった。


家の間取りの話の前に、私たち夫婦の夫婦関係について触れなければならまい。

私たち夫婦は知り合って10年、結婚して7年めになるが、昔から「ほとんどの時間を一緒に過ごす夫婦」だ。

普段家のなかにいるときもたいていは同じ部屋で同じこと、あるいは似たようなことをしていることが多い。

毎日寝る時間も一緒だし、食事ももちろん一緒、風呂も一緒の時間に入る。
休みの日などはご飯の仕度でもふたりで台所に立つことも多い。

休日の外出の際などにもふたり別々に出かけることはまずない。
結婚してから、それぞれの実家にどちらかがひとりで行ったことは一度もない。

どちらか片方の用事の際にも、ふたりで行くのが私たちのやり方だし、私たちを現実社会で知る人たちは、いつも夫婦ふたりで現れるので納得してもらえることだと思う。

いつか夫婦関係についての記事を書くことがあれば取り上げたいと思っているが、善し悪しはともかく、とにかく私たちはそういう夫婦だったりする。


つまり私たち夫婦は家のどこに居ても、お互いにお互いの気配を感じられるようになっているほうが良いし、それが私たちにとって心地よい家の重要な条件だ。


夫婦間のコミュニケーションを重視した間取りとは

・部屋はなるべく少なく
・扉の数もできるだけ少なく
・各部屋の独立性は低く

ということになる…と私たちは考えた。


たとえば書斎などという名前の部屋は不要だし、食事の仕度をするときのコミュニケーションを考えると、食堂と居間が別になっている必要はなく、食堂兼居間兼台所のような空間があればそれで良いと思う。

妻の職場であるSOHO部屋についても、居住エリアと明確に区別するべき…という考え方もあるが、私たちの場合はゆるやかに居住エリアに接している、あるいはゆるやかに居住エリアと一緒になっている…という程度が望ましい。

ただし夫婦の寝室だけは扉で仕切れる空間としたい。


子ども部屋については、子どもが部屋を必要とする期間を、最長で6歳から18歳までの12年間と定義した。
乳児・幼児の頃は専用部屋が必要だとは思えないし、大学は最低でも札幌、できれば北海道を出て首都圏、あるいは海外の学校に行くことを私たちは望んでいる。

従って子ども部屋が必要な期間は子どもひとりあたり12年間程度であろう。
すると独立した子ども部屋が必要かどうかは懐疑的であり、汎用的に使える空間さえ用意しておけば、その時が来たときに考えれば良いと思う。

人数や男女構成によってはSOHO部屋を転用したり、LDKをリフォームしたり、あるいは庭に増築したりすれば良いと思う。そもそも私たちにはまだ子どもがいないのだから。


実は自分たちの家なんだから、自分たち自身で間取りを考えた方がいいはず…と間取りソフト(3Dマイホームデザイナー)を購入し、プランもたくさん練った。
おそらく50案くらいはあったと思う。

夜な夜なA3用紙に自分たちの間取り図を印刷して床に並べ、夫婦で議論を交わした。

……が、どうもピンとこない。
方眼紙に各部屋を並べただけで、問題はないのだろうが、部屋と部屋の関係がイマイチだ。
各部屋の独立性を低く、という項目が特に難しい。
土地の持つ属性(方角・景色・道路)との兼ね合いもピンとこない。

そこで結局はプロの意見を聞こう…ということになり、上記の夫婦関係・家族関係に関する私たちの価値観と、以下の要望を建築家に提出した。

・階数は問わない
・広さも特に指定しない
・必要な部屋は SOHO部屋/広めLDK/夫婦寝室/汎用空間(客間または子ども部屋)
・十勝の季節の移ろいを楽しめる家

詳しくは別項で書きたいが、当然土地条件(112坪・北道路等)と予算についての要望も併せて伝えた。


結果として建築家から提案された間取りは、1階に仕事部屋と夫婦の寝室、客間あるいは子ども部屋として汎用的に使える17畳の3階ロフト、そして2階に最大天井高4mもの吹き抜けを持つ28畳ワンルームの大空間LDKの家だった。

家全体がほとんどワンルームのような造りで、きちんと扉が閉まって個室になるのは夫婦寝室のみ。
扉はトイレ2カ所と風呂、それに夫婦の寝室にしかない。
いわゆる「廊下」という空間はない。

各部屋は上下も含めてコミュニケーションがとりやすく工夫されており、1階のSOHO部屋で仕事をする妻と2階で食事の仕度をする兼業主夫が直接話せるようになっている。3階にいても1階の妻と普通に会話できるだろう。

正直、こんな変わった間取りの家は見たことがない。
しかし決して大きいとはいえない正方形のなかに、私たちの望む仕様・考え方がすべて満たされており、無駄なくうまく収まっている。

私たちはやはりプロの仕事は違う…と感激し、いくつかの修正だけで、結局この案を正式な設計として採用することにし、実物もその通りに建ったのだった。

私たちのためだけに設計され、検討が重ねられた家の住みやすさは抜群だし、自分たちの生き方にあった家になっていると実際に住んでみても実感することができる。

もちろんそういう家を建てて住んでいることに対する大きな満足感もある。


家族の個と個の関係。自分と家族の時間の過ごし方。
家族のありかたと、生き方・暮らし方、自分たちの価値観をよく話し合い、考えてみよう。
そしてそれをしっかり設計者に伝えよう。

そうすると、そろそろ×LDKにとらわれない、その家族ならではの家づくりができるような気がする。

2004.10.10

十勝の秋

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誰もいない道。少し横にそれると、静かな秋が広がっていた。
たとえ見る人間がいなくても、季節はたしかに進んでいる。

2004.10.09 十勝・新得
EOS10D EF200mmF2.8L

2004.10.08

暖かい家

FH010012.jpeg

北海道のなかでも特に厳寒の地であるこの土地は、冬は氷点下25度にもなる。

以前2000円で借りていた家はとても寒く、家の中に氷柱ができ、風呂のお湯を落とし忘れると、翌朝には浴槽全体が凍ってしまう…という恐るべき寒さだ。


当然、新築の家には十分な断熱性能と高い気密性が要求される。
もちろん24時間全館暖房が基本。


ここ十勝は住宅の断熱や気密に関しては先駆地だ。
地元の工務店は自主的に勉強会を開き、海外の規格を取り入れた北国ならではの高い性能の住宅作りに取り組んでいる。


たまに正月の帰省などで首都圏を訪れることがあるが、はっきりいって首都圏の家は寒い。

「四つ葉屋根の家」ではぽかぽかの床を裸足で歩き、風呂もトイレも温度差はなく、家の中はTシャツ+パンツなんて格好で十分。冬でもふとんは夏と同じだし、長袖のパジャマを着る必要もない。


しかしここ5年くらいの間に家を建てた関東の知人の家を訪ねると、家の中でフリースを着てこたつに入っていたりして、非常に驚かされる。
床のあまりの冷たさ、廊下やトイレや風呂の寒さは北海道人もびっくりだ。

びっくりなだけなら良いが、たいていは風邪をひいてしまう。


さて、そんな十勝の家の断熱方式は100ミリ程度の充填断熱+付加断熱として外側にさらに断熱するのが一般的。

某外断熱の本なども読んだが、ここ十勝の断熱方式としてはやや役不足な印象だ。

充填断熱では断熱材が腐るカビる…という話もちらほら聞かれるが、それは断熱材の室内側の気密シートの施工が不十分な場合に起こるのであり、気密の重要性が早くから言われてきて実践されてきた十勝ではあまりそういう話は聞かない。グラスウールが危ないなんて話はここでは笑い話だ。


床下断熱か基礎断熱かについては、性能的には基礎断熱>床下断熱、ただしコストは床下断熱のほうが安い…ということらしい。
「四つ葉屋根の家」は工務店のアドバイスで基礎断熱となった。寒冷地ゆえの仕様として、スカート断熱も併用となる。


暖房はどうだろうか。

十勝の最近の家の主な暖房方式はセントラルヒーティングが多く、これは灯油ボイラーで温めた温水を使ってパネルを暖め、その熱で暖かくなる…という方式だ。

またコストが安いFFストーブ方式もそんなに悪い方法ではない。

基礎コンクリートの中に温水を通して基礎そのものを暖める…という工務店もあり、これもなかなか良い。


そんなこんなで自宅の暖房方式を決めかねている頃、秋田の建築家西方氏を訪問する機会に恵まれた。

最近の西方氏の建てる家は、基礎断熱の家の床下基礎部分にFFファンヒーターを設置して床下を暖め、それで1階床を暖め、家全体を暖める…というやりかただった。
韓国などで伝統的に使われているという「オンドル」と仕組み的には同じものだと思う。

実際に訪れたのは冬だったが、どの家もたしかに床がぽかぽかと暖かく、家の中も輻射熱で非常に暖かく快適である。
施工コストはFFファンヒーターのみなので、セントラルヒーティングに比べて格段に安い。

そこで我が家の設計施工を担当する佐藤さんと「この方式で行こう」と意見は一致し、基礎内-1階、1階-2階の熱環境を考慮した設計したうえで採用することになった。

2004.10.07

兼業主夫の家事 おいしいごはんを早く作ろう編

2年くらい前から、夕食の仕度を担当するようになった。

原則としてはSOHOな妻が忙しいときはサラリーマンの自分の役目、妻が忙しくないときは妻の役目、ふたりとも忙しいときは、どちらも仕度しない…弁当や外食利用、という感じである。

ところが昨年くらいから妻の仕事が慢性的に忙しくなってしまい、自分が食事の仕度をすることが多い。

平日夕食の仕度の割合で言えば、
・サラリーマン兼業主夫が食事を作る…60%
・SOHO妻が食事を作る…20%
・外食等どちらも作らない…20%
こんな感じだろう。


さて、食事の仕度というのは、限られた条件のなかでできるだけ「いいもの」を作ろう、というゲームのような感じで、これまた結構楽しいものだ。

買い物編でふれたように、兼業主夫の食事の仕度はスピードが命。

どういう観点から見ても食事の時間は遅くならない方がいいし、自分も家族もおなかがすいている。
しかし、帰宅が早いとは言えないから、とにかく早く仕度できるようなメニューになることが多い。

ただしスピードを重視しすぎると、食べられないものが多くなってしまうし、調理済み総菜ばかりに頼りがちになって栄養的に偏りそう。
できるだけ家族には手料理?を食べて欲しいとも思うので、そのあたりのバランスが難しい。

早く調理を済ませるには、サラリーマンの仕事と同じで、とにかく工程と段取りを工夫することが大切だ。
冷蔵庫を開ける回数は少なく。火を入れたら放置するだけで良いモノ、その後に手間が必要なもの、それらを頭に入れながら、無駄な動きをしないように進めていく。

たとえば包丁やまな板も使う順序によって、洗う必要の度合いが違うから、そのあたりも考えなければならない。豚肉→刺身→サラダ用生野菜という順序で切ると、その都度よく洗わないといけないが、逆であれば軽く流す程度で良いだろう。

もちろん「自動」が付くモノはすべて積極的に活用。
たとえば、電子レンジの自動あたため、IHヒーターの自動魚焼きなどである。
コンロについているタイマーも便利だ。自動ではないけれど、圧力鍋なども調理時間の短縮には威力を発揮する。お米を買うときは当然無洗米だ。


スピード以外に気をつけていることは見かけ。

本当においしいかどうかは別として、やはりおいしそうなほうがいいし、家族が見たときもうれしいだろう。自分の「料理という作業」に対する満足度もアップ。

だから総菜を買ってもパックのまま出すことはないし、妻が育てているイタリアンパセリなどを活用して、なるべく飾りの要素も入れたい。できれば食卓にも花やグリーンを飾ろう。


そんな感じで取り組んでいる食事の仕度だが、一例として昨日の食事をご紹介。
(写真イマイチですいません)
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メニューは和風ハンバーグ・生がき・たことキュウリの盛り合わせ・きのこシチュー・湯葉の揚げもの・サラダ・ぶどう・柿。

自分が作る夕食としては平均的な内容だと思う。

ハンバーグはとんでんファームから通販で買ったもので、生で届いたものを焼くだけ。ハンバーグを焼くのは簡単そうでけっこう難しいが、最近ようやく上手に焼けるようになった。

シチューは昨日の残り。
生がきはパックをあけて洗っただけ。たことキュウリも切るだけ。湯葉の揚げものは調理済み総菜。これらは会社帰りにスーパーで買ったものだ。

この日のポイントはハンバーグを焼く時間が12分程度かかるので、他の準備ができたところでちょうど焼き上がるように焼き始める時間を決める、という点だ。

結局は柿をむくのと、大根をおろすに手間取ってしまい、全調理完了が焼き上がりの4分後くらいになってしまったのが失敗だった。あと頂き物のおいしいナシが冷蔵庫に入っていたのだが、これを食卓に出すのを忘れてしまったのも失敗。

でも地元産の新鮮でおいしいブロッコリーはうまくゆでられたし、生がきもぶどうも柿もおいしいのでよしとしよう。


この記事を書くために調理時間を計ったところ、調理開始(ブロッコリーを洗って切り始めたところ)から、「ごはんできたよ」まで22分だった。ただしご飯は「帰るコール」のときに妻に依頼してセットしてもらったので、その時間は含まない。

22分。自分としてはけっこう早くできたと思う。
18時すぎ退社、通勤40分買い物30分。19時半すぎに仕度開始して、20時からご飯。

こんな感じなら、後片づけして、犬の散歩に行って、ゆっくりお風呂に入ってもまだまだ時間がある。
0時すぎに寝るまで、ホームシアターを楽んでもいいし、風呂の代わりに温泉行くのもよし、ネットサーフィンやブログを書いてもいいし、次の旅行計画を立てるのもよし。昨日のように天の川がきれいな夜は星を見に行くのも悪くない。
兼業主夫というと忙しくてクルクル回っているイメージだが、実際はそうでもない。

そんなこんなで今日も兼業主夫の料理への取り組みは続くのだった。

2004.10.06

北海道移住、仕事と住まいどっちが先?

北海道への移住を考えるとき、仕事を先に見つけるか、それとも住まいを先に見つけるか。

自分の場合は仕事が先だった。


十勝圏複合事務組合、つまり行政がやっている東京発の移住体験ツアーというのが開催される…という話を聞いて、それに参加したのが直接のきっかけ。

1999年9月。連休を使った2泊3日のツアー。
このツアー、年1回実施で4年間程度企画されたらしく、実際に移住を果たした人も自分たちを何組かいたようだ。

3日間の日程のうち1日目は住宅地等の住環境の見学と既移住者を交えた歓迎パーティ、2日目は企業との面接(事前に企業側には参加者の履歴書、参加者には求人票が配布されていた)、3日目はアウトドア体験…という内容だった。

2日目の面接では4社と面接を行い、そのときは雑談程度だったのだが、そのなかの1社に強力にアプローチし、いかに自分が役に立つか、仕事ができるかをアピールし(もちろん大ハッタリ)、春になったら採用…という約束をしてもらったのが年の瀬。

2000年になって引っ越し先を決めたが、これについてはまた別の項で詳しく書こう。

当初4月からの入社のつもりが、引き継ぎの都合で5月になり、2000年のGWを使って引っ越し、GWあけから新しい会社に勤め、いまでも続いている。


振り返ると転職は比較的スムーズに進んだといえるが、この業界(コンピュータ業界)は慢性的に人が不足している…というか、人を派遣して「ひとりひと月ナンボ」という世界で、「誰でもいいから派遣してしまえばお金になる」という業界なのでうまくいったのだと思う。


さて実際に転職してみて感じたことが2つほどある。

ひとつは給料が安いこと。
もちろん残業はつかないし、それで当然という雰囲気。
人月価格(ひとり1ヶ月の派遣代=売り上げ、つまり自分の会社への貢献額)は安いし、それが給料の安さにつながっているのだろう。

給料の額は東京比手取りで70%、つまり3割減くらいか。ボーナスも同じくらいの下がり率。
妻が専業主婦でも、夫婦ふたりなんとか暮らせないことはないけど…。でも…。という程度の額だろうか。


しかしもうひとつ、これは非常に重要なのだが、仕事が「ゆるい」こと。
東京に居るときは納期厳守、重大なバグを出そうなものなら殺されそうな殺伐とした雰囲気だった。
品川駅前のガラス張りタワービルの上階で、レインボーブリッジから昇る朝日を何度見たことか。

また常に新しい技術への対応を求められ、新しいモノをどんどん覚えなければいけない。
つらい仕事で鍛え上げられる印象はあるが、同時にストレスが多く、本当にこのままでいいのか…とは常に考えていたことだ。


こちらはそんなことは皆無。
もちろん徹夜なんかしたことないし、たまには遅いこともあるものの、だいたい定時には帰れる。
土曜日出勤もほとんどゼロ。
日曜日や祝日に仕事があることはまずない。携帯電話も鳴らない。

納期も遅れたら仕方ないね…という雰囲気だし、多少の問題点も「しょうがないなあ」という雰囲気。
ぬるま湯につかっているような、おおらかな、言い換えればおおざっぱな北海道らしさだ。

労働強度、つまり仕事の大変さで比較すると、実感で半分程度のような気がする。
(たまたま今の派遣先だけの固有の特徴という可能性もある。念のため。)

仕事が大好きで、仕事を通して組織のなかで自己実現をする、という人には物足りないだろうし、東京に帰りたくなってしまう人もなかにはいるだろうけれど、仕事以外が一所懸命な自分にとっては理想的だったりする。


北海道移住は生活の場が変わったとともに生活の質も変わった。

それがいいことだったのかどうかは価値観によるだろう。
でも少なくとも自分たちにとっては良かったと思う。

そんなことを考える5年目の秋だ。

2004.10.05

走りながら考える

私たちのSOHOは、正統派ネットショップ。
つまり小売業だ。

今でこそネットで商品を販売するノウハウは共有・蓄積され、自分たちにもそれなりのノウハウも経験もあるが、そういったものはすべてネットショップを始めた後に得たものだ。

実をいうと、SOHO開始当時、商売の経験といえばコンビニのバイトくらいしかやったことはなかった。

ネットショップといっても結局は普通の商店のネット版。
もちろん他ショップで買い物をしたことはあるけれど、ほとんどは単にモノを売るだけのショップであり、うちのようにお客さんの要望に応じてモノを作り販売するショップで買い物したことはなかった。

お客様とどんな応対をすれば良いのか?どうやって要望をうまく引き出すのか?見積もりはどうやるのか?契約は?効果的な提案の仕方は?クレーム時の対応は?

とにかくわからないことだらけ。
正直少し怖いと思ったし、最初はそれらのひとつひとつが大きな壁のように思えた。

でもやってみれば、曲がりなりにもなんとかなったし、お客様、ショップ仲間、その他多くのヒントを得て、なんとかやってこれたと思う。
壁だと思っていたものも、越えてしまえばなんのことはないものばかりだったような気がする。


まずはスタートしてみよう。
細かいところは走りながら考えればいいさ。

そんな割り切りがよかったんだと今になって考える。

目標やそれなりのビジョンは必要だと思う。
でも、そこに行き着くまでの道のりはひとつではない。

実際私たちも途中、何度も軌道修正してきたし、今後も状況に応じて軌道修正しなければいけないと思う。

大事なことは「いつも考えていること。」
最初に決めたことにこだわらないことと、こだわること。

これからもそんなふうに進んでいきたい。

2004.10.04

阿寒で見つけた小さな秋

img/165_6511

先日阿寒の森の中を歩いていたら、ふと足元にこんなものを見つけた。
小さな葉っぱの紅葉。秋は足元にも訪れている。

2004.10.03 阿寒
EOS10D EF100mmMACROF2.8

兼業主夫の家事 買い物編

職業・システムエンジニア。

一応自分の本業である。
勤務は月曜から金曜まで。祝日は休み。定時は午前8時40分から午後5時半までだが、だいたい午後7時くらいまで職場に居ることが多い。

詳しくはまた別の機会にふれるが、自分にとってサラリーマンとは「サラリーをもらうための手段」でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
従って、職場では早く帰るほうだし、残業は必要最低限、休日出勤も基本的にはお断りである。


SOHOな妻は平日の昼間はパソコンに張り付いて仕事をしているので、買い物は自分の仕事だ。
基本的な動きとしては、会社帰りにスーパーに寄ってその日の夕食を買うのが基本。
夕食の献立を考えながらの買い物となる。

19時に退社、通勤に40分、買い物に20分かかるとすると、帰宅は20時。
しかしどんなに遅くとも21時、できれば20時半には「ごはんできたよ」としたい。

従ってメニューを選ぶ際にもっとも重要なことは、できるだけ早く料理が完了するもの…である。

でもやはり、できるだけ旬のものを食べたいし、できるだけ地元のものを食べたい。
できあがってるものよりも素材を買って料理したい。
できれば最近食べていないものをチョイスしたい。
しかし食事の準備のスピードは早く早く。

…このなかで、その日のメニューが決まっていくのである。

買い物なんて簡単そうでいて、冷蔵庫の中身を思い出しながら、またここ数日食べたものを思い出しながら、売り物の鮮度・価格を見つつ、調理方法を考えつつ、家族の栄養のバランスもちょっと考えて、それでいて買い物そのものにかかる時間を最小にする…という、かなり高度な作業だ。

実際、ストックしてあるマイタケをまた買ってしまったり、メニューのとりまわしがうまく出来ず食べずに食材を腐らせてしまったり、これがなかなか難しい。


近所のSOHOな人や、専業主婦でも小さな子どもが居る家などは、生協などを積極的に利用しているようだ。
事前にカタログで食材を選び、戸別に配達してもらうシステム。

自分も一時はこれをやろうと思ったけれど、ちょっと考えてやっぱりやめた。

スーパーというのは楽しいモノだ。
なにが売っているか行ってみないとわからないし、思わぬモノが売っていたり、行ったことのある場所が産地の商品があったりする。POPなどで意外な提案に出会うことも多い。

それらを見るのも、思い直してメニューを変えるのも、なかなかどうして楽しい作業だ。

たとえ冷蔵庫に賞味期限切れのキムチが2パックあっても、今日も会社帰りにはスーパーに寄って買い物をしていこう。

2004.10.03

夏と冬で距離が違う都市

北海道十勝。
この土地に住んでいると、ちょっと変わったものが見たい、ちょっとあまり一般的ではない買い物をしよう…などということになると、札幌に出かけることが多くなる。

札幌はリトル東京というだけあって、情報もモノも人も集まり、大きな本屋もあるし、コンサートやイベントも多く開かれる。
だいたい平均すると月に1回程度はなにかしら札幌に行く用事があり、行っているような気がする。
おかげで旅の窓口の宿泊済みリストは札幌のホテルだらけだ。


十勝から札幌までは距離200キロ。
JRで2時間ちょっと、あるいは車で3時間半程度だろうか。

しかし札幌といえども、やはり地方都市であり、いろいろな施設やポイントは郊外にあることが多く、車で行ったほうが札幌に着いてからなにかと便利だ。

というわけで必然的に車で行くことが多い。

ところが。ところがである。
札幌に行くまでには高速道路が整備されておらず、国道274号線を通ることになるのであるが、この274号線にある峠「日勝峠」がクセモノなのだ。

日勝峠とは日高山脈を越える標高1000m級の峠。
事実上、札幌と十勝圏を結ぶ道はこの道しかないので、物流の重要な動脈となっている。

交通量は非常に多く、どの車も信じられないスピードで峠を走り抜けている。

このスピードもかなり問題なのだが、真の問題は冬である。

ただでさえ、厳しい北海道の冬。

そこにそびえる1000mの冬山を、自動車に乗って越えようというのがこの峠である。

過去に1度だけ、2月の吹雪の夜に峠を越えたことがあるが、正直死ぬかと思った。

全面アイスバーンと化し、ツルツルの路面。
まったく見えない道路。どこまでも激しく叩きつける雪。
突然目の前に現れる対向車。

しかし狭い道を大型トレーラーは行き交い、停止することは許されない。

万が一事故を起こしたら、外の気温は氷点下25度。
最寄りのまちまでは何十キロ、携帯ももちろん圏外。

全神経を集中し、ハンドルを堅く握り、カーブをひとつひとつクリアしていく。
対向車が突っ込んでこないように、止まっている車がいないように祈りながら。
手のひらは汗でびっしょりだ。


DSCF2300.jpg
(↑イメージ写真です。日勝峠ではありません。もちろんこんなモノじゃないよ)

今日の新聞に、冬の峠についてのホームページの話が出ていた。
行く日を登録しておくと、その日が近くなると気象情報、当日は路面情報や各種警告情報がメールで送られる仕組みだそうだ。


…北海道にはこんな道もある。

したがって、冬は札幌に自動車で行くことはできれば避けたい。

すると冬は札幌が遠い。気持ちのうえで。


札幌は夏と冬で距離が違う都市だ。

近くの山の木で家を建てたい カラマツの家

地元の木で家を建てる…もともと日本人はその土地固有の木で家を建ててきたそうだ。

ここ十勝は少し郊外に出ると山がいっぱいある。もちろん林業も盛んである。

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しかし現在、林業は深刻な状況だという。
その原因が、木を切って売ってもたいしたお金にならないことと、輸入材の台頭だ。

これまで見てきた住宅もドイツ等から輸入した集成材の利用が多い。

木材の産地に住んでいるのに、なぜ遠くヨーロッパから木を運ぶのだろう?


そんななか「木の家に住むことを勉強する本」という本を見つけて読んだ。

木材のこと、木造住宅の仕組み、林産地のレポートまで多岐に渡り、非常に興味深い内容だった。

代々森を守り、林を守って生きてきた人たちが日本にはたくさんいること。国産の木材を使う人が減って、国内の林業が厳しい状況にあること。世界の木材の多くを日本が輸入していること。家の価格に占める木材の割合はとても低く、国産材を利用しても家全体のコストへの影響は軽微であること。


さて、十勝には防風林をはじめとする独特の景観があって、この景観の主役となっているは「カラマツ」である。
カラマツは日本で唯一紅葉する針葉樹で、秋の紅葉は何物にも代え難い美しさがある。

カラマツは戦後、将来の木材として注目された時期があって、積極的な植林が行われ、それらの木が伐採適齢期を迎えている。この戦後の政策が正しかったかどうか…という話はともかく、現在の十勝はカラマツの木でいっぱいである。

現在のカラマツの用途はおもにチップや荷物運搬用パレットの原料になる程度であり、あまりいい評価を得ていないのが事実。
木としての性質は成長が早く、節やねじれやヤニが多くて住宅には一般に不向きである…とされており、住宅への利用はあまり進んでいない。

しかしここ数年、このカラマツを住宅に使おう…という動きがあって、十勝の先駆的な工務店が取り組んでいることを耳にした。


さっそくカラマツを使って家を建てている業者の話を聞いた。

彼らの話によれば、カラマツも人口乾燥をかけ、適切な処置をすることでねじれは克服できるという。

色が赤く好みが分かれるところではあるが、節の多さと合わせてこの木が持つ「味」であり、それはその木の個性であって、自分たちはいいと思う。

気になる価格は、なんと輸入材と同じかやや安いくらいだ。

そう聞けば、こんな地元のカラマツを使わない手はない。

そんなわけで、私たちの家造りは当初から「カラマツの家」に限定され、進められることになった。

木のぬくもりを感じられる家

「木」が好きだ。住むなら木の家。それもできれば集成材ではなく無垢の木の家。
家の中に多く木が使われていて、それを見ることが出来る家。

木の家が落ち着くのはなぜだろうか。

反射光の色合いや、無規則な模様のゆらぎ、木の香りなど諸説あるけれど、木の家が落ち着く…ということだけは事実。


一部の工法を除き、木造の家には柱が使われているが、その柱を見せるように家を建てる方法と、見せないように建てる方法の2種類の建て方がある。

柱を見せる建て方と「真壁(しんかべ)」つくり、見せない方法を「大壁(おおかべ)」つくりという。

今は、柱の上から壁を貼り付けて、一面のまったいらな壁紙を貼る大壁の家がほとんどだ。
それはそのほうが作り方が簡単であり、手間が少ない、つまり価格が安いからだと思う。


自分は昔の民家風に柱の見える「真壁」つくりが好きで、自分の家を建てるなら絶対に「真壁」と決めていた。

そうすると構造はツーバイ系や鉄骨系ではなく、自動的に木造の在来工法となる。
そしてできれば「梁」など構造の見える家がいい。

重さを支え、家を支え、そして私たちの人生そのものを支える柱や梁が見える家は、とても力強い。

2004.10.02

四つ葉屋根の家

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家を建てた。


土地を探し、自分たちの理想の住まいを模索して、数年掛けての構想。

私たちの前を通り去っていったたくさんの工務店やハウスメーカー。
私たちの理想とする家をしっかりと形にしてくれた、建築家佐藤さんとの出会い。

2003年は、建築家佐藤さんとたくさんの職人さんと、夫婦で力を合わせて家づくりに取り組んだ年だ。
夫婦ふたりで力を合わせて働いたお金で、自分たちの暮らしをデザインした一年間は、私たち夫婦にとって忘れることの出来ない1年になった。


2002年11月、佐藤さんから届いた1枚のファックスから受けた衝撃。

地元の素材にこだわり、山に入ることから始めた家づくり。
緑化屋根の家を知るために、みんなで津軽海峡を越えたこと。

棟上げがほぼ終わり、はじめて実感として「家」を見上げたあの日。

季節が変わり、建築途中のベランダで、満点の星空と流れ星を見たあの夜。
美装屋さんの仕事が終わり、はじめて部屋に足を踏み入れ、息をのんだこと。

2003年の秋。
関係者が集まり、完成記念パーティを開いたこと。


そんな家に住まい、暮らしはじめて1年が過ぎた。


普通ではない家。
私たちのためだけに作られた、私たちの家。
私たちはこの家が大好きだし、想像を遥かに超える大きな満足を手にすることが出来た。


私たちが建築を依頼した佐藤さんは、私たちは建築家と呼んでいるけれど、本人は建築家とは自称していない。

家族経営でやっている、小さな小さな工務店のオヤジさん。
社長兼・プラン兼・設計兼・デザイン兼・営業兼・仕入れ担当兼・雑用兼……

会社は小さいし、家は非常に安価だけれど、でも彼の手がける家は、大きな大きな気持ちのつまった家だ。

いま一戸建てを建てる人の多くはハウスメーカーで家を建てるように思う。
でも選択肢のひとつとして、こんな家づくりもある。

それを伝えたくて、この「四つ葉屋根の家」カテゴリーに記事を追加したい。

薪ストーブに火を入れた

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2004年10月1日の夜。
今年はじめて薪(まき)ストーブに火を入れた。

この薪ストーブは「四つ葉屋根の家」の2階に設置してある。

燃料はいまのところ家を建てたときに出る廃材。
地元の木で家を建て、余った木は捨てることなく暖をとるのに使える。

薪ストーブはとてもいいものだ。

ゆらゆらと不規則にゆっくり燃える火と、パチパチとはぜる音。
木の燃えるにおい。

燃える火を見ていると、なんだか心が落ち着くような気がする。

石油ストーブのように「つけたらすぐに暖かい」とはいかないけれど、でも、この薪ストーブを石油ストーブに変える気はまったく起きない。

薪ストーブのある暮らし。

…アナログで、ゆっくりで、静かで、ほんのりとした明るさと暖かさ。

--また今年も長い冬がやってくる。

2004.10.01

北海道移住

なぜ北海道に移住しようと思ったのか。

よく聞かれることなので、ここで一度まとめてみよう。

結論を先に書くと「肌が合う」…という表現が一番正しいような気がする。


そもそものきっかけは、高校時代に「周遊券」というフリーパスのようなきっぷを使って北海道をぶらりとひとりで旅したことがベースにある。
別に誰も出来ないスゴイ体験をしたわけではないし、一生に影響を与えるような出会いがあった…というわけではない。

でも、高校生の自分は、広い広い大地とそこに住むおおなかな人たち、気候、空気、そんなものにイチコロになってしまった。


大学時代も就職してからも、何回渡道(北海道に行くこと)したかもわからないくらい通ったけれど、そのたびに北海道の魅力にはまってしまい、これはもう住むしかないでしょう…とぼんやりと考えていた。

その間にカナダなどの海外もずいぶん行ったし、国内の他地域もいろいろ見て回ったけれど、やはり日本の北海道が好きだ。自分も道民になりたい。北海道に住みたい。
そんな気持ちは大きくなるばかりだった。


単純に、北海道という土地が好きだから。

好きなことに明確な理由はない。
もちろん、食べ物がウマイとか、自然が多い?とか、人が少ないとか、季節の移ろいがサイコーとか、フロンティア精神溢れる土地だとか、小さな理由は挙げられるけれど、でもどれもわざわざ居住地を変えるほどの理由にはならない。

単純に、北海道という土地が好きだから。肌にあっているから。

まあ簡単に言うとそういうわけです。

まとめにはなっていないので、これもこのブログのカテゴリとして追加しておこう。

感じが良い…とは?

ここ数年、ホテルヒーローという帯広駅前のホテルにある「ビッグヒーロー」というレストランで昼ご飯を食べることが多い。
日替わりランチ750円コーヒー付、とかそんな内容なのだが、数ある帯広駅前ランチのなかでここを選ぶ理由が2つある。

ひとつは食事がとてもおいしいこと。
もうひとつはスタッフのみなさんの感じが良いこと。

特に2点めはとても重要な要素で、十勝圏の飲食店の接客担当者は、全員このホテル(か、北海道ホテル)に食事に来てなにかを学ぶべきだ…と思うほどだ。


さて「感じが良い」とはどういうことを言うのだろう。

ここのスタッフを観察すると、相手(お客)の顔を見てのコミュニケーション、言葉遣いなどがしっかりできていることのほかに、接客時の表情が「感じがいい」という印象を作り出しているように感じる。

きちんと顔を見て、にっこり微笑まれて悪い気がする人間はいないだろう。

表情は心の中を写すものだから、結局はその人の心の問題なのかもしれない。
お客に対しての感謝する気持ちや、相手の人間に対するおもいやり、つまり相手への愛情なのではないだろうか。
そういった「気持ち」が、表情や、その他いろいろなところに醸し出て、総合的に「感じがいい」と感じてもらえることにつながると思う。
難しいことのような気もするが、簡単なことのような気もする。

そんなことが気になる今日このごろだ。

補足だが、このレストランの料理も非常にレベルが高く、味付けも見た目も、とても750円程度で食べられるモノではない…といつも感じている。また、毎日毎日変わるメニューがとても楽しみであることを付け加えておこう。

いつもありがとう。ごちそうさまです。

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ハルト

  • 20060/04/21
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