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2006年5月の19件の記事

2006.05.31

静かな夜に

深夜のとても遅い時間。
部屋の電気を消して寝ようとしたら、なんとなく外の様子が気になって窓を開けてみた。
見上げると、そこには満天の星空。

南の空にはもうサソリ座が輝いている。

育休があけて急に慌ただしくなり、仕事のことや今後の進み方について、いろいろなことをいっぱい考えていたら、空を見上げることなんて忘れていた。
そうそう、この家が建ったとき、こうしてここから星を見上げたよな…。


…月曜日に会社を退職したい旨上司に伝え、今日は何人かの管理職達と話をして退職が決まりました。
詳しくはまた後ほど。

2006.05.29

一息いれて…

Yama
十勝の魅力。
それはこの広い空。
出かけるのが好きで、いろいろなところに行くけれど、やっぱりこの空の広さは十勝ならでは…だと思う。

2006.05.27

1本のローソクで

昨日はハルトの1歳の誕生日。
「育休は誕生日の前日まで」というルールのため、復帰の日と誕生日が同じ日で慌ただしいので、誕生日のお祝いを今日やることにした。

深夜の破水からはじまったあの日から1年。

低体重出生児として生まれ、退院が遅れて心配したり、その後もいつも「小さい小さい」と言われて心配したけれど、でも数回の風邪と突発性発疹のほかには大きな病気もせず、大きなけがもせず、無事に1年過ごすことができた。

はじめての誕生日、本当におめでとう。
20060527

1歳になったハルトはとても元気で、誰よりも活発でよく動くチビになった。

この1年間はやっぱりハルト中心の1年だったけれど、でも育休をはじめ、いろいろな経験ができたし、私たち家族にとっては大切でかけがえのない一年だった。
1年間いろいろあったけれど、子どもの成長ととともに自分たちも成長できただろうか。


そんなわけで、このブログにアップしたことのない写真を中心にアップしてみます。

2005年5月
200505
妻が「おかあさん」になった日。
自分が「おとうさん」になった日。


2005年6月。
200506
ほんの一時期、粉ミルクをあげていました。


2005年8月。
200508
ようやく首がすわったけれど、まだ寝返りはうてず。
置いておいても落ちたりしないので、今考えると楽だったかも…。


2005年9月。
200509
はじめて飛行機に乗って実家に帰り、お食い初め。


2005年11月。
200511
まだ髪の毛がずいぶん薄い…


2005年12月
200512
寝返りは完璧にマスター。そろそろハイハイできるかな?
父、育休に入る。


2006年2月
200602
飛行機ぶーん。
ようやく椅子にすわれるようになり、つかまり立ちもマスターする。


2006年4月
200604
はじめて自転車の後部座席に。前の人が大きすぎてなにも見えないよ~


20060527_2

2006.05.26

半年間のたからもの

誰もいない静かなオフィスにひとり。
さしあたって仕事はなにもない。

派遣先の経営状態の変化などいくつか事情はあるものの、育児休暇をとったことで、結果的に5年半続いていた仕事が突然切れた。

それなのに「育休をとらなければ良かった」という気持ちにはまったくならない。

この半年間を振り返ると、やはり子どもの成長を子どもに一番近いところで確実に見られたことが最も幸せなことだった。
半年前、まだハイハイすらできない赤ん坊だったハルト。
はじめて手の力を使ってハイハイに成功したのを目撃したのも、はじめてつかまり立ちをしたのを見たのも、はじめてひとりで立つのを見たのも、全部自分。

はじめて親のマネをし、はじめて「ちょうだい」がわかるようになり、はじめて階段をのぼった。
泣いて途方に暮れたり、一緒に頭のねじがはずれるまで遊んだり。
一緒にたくさん笑って、たくさん喜んで、たくさん心配して、泣いて、イライラして、幸せだと感じて、また笑って。

これほど充実した時間って、いままであったのだろうか。

そして、妻と子と家族で過ごした時間。
たぶん半年間のすべての食事を家族全員で一緒に食べた。
やっぱりこの半年間は、本当に楽しくて幸せな半年間だった…ということができる。
それはとても充実していた、宝物のような大切な日々。


そんなことを考えると、やっぱり育休は取ってよかったし、もし「戻ってくる席はない」と言われていたとしても、それでも育休を取ったような気すらする。


諦めていた妊娠がわかり、ふたりで踊ったあの日。
ちゃんと育つか不安で、楽しみと不安感でいっぱいだった妊娠中の日々。
出産に立ち会って、はじめて2300gと少しの小さな赤ん坊を抱いて、そのとき自分はなにを思ったのだろうか。

あれから1年。


ふと、妻の事業を立ち上げた際のことを思い出した。

田舎だから働くところがない。だったら自分たちで作ろう。
自分で住むところくらい、自分で決めよう。
私たち家族の人生をデザインするのは、他でもない私たち自身。
そうして紆余曲折ありつつも、なんとか夫婦で力を合わせてここまでやってきて、生活の基盤もちゃんとできたし、子どももこうして生まれた。

いつだって、ふたりで力を合わせて生きてきた。もちろんこれからも。


今日決めたこと。
東京には行かない。
中長期出張を伴う札幌の仕事もやらない。

その方法はまだよく見えないけれど、仕事にあわせて生活を作るのではなく、生活にあわせて仕事を決めよう。
いつだって、そうやって探しながら歩いてきたはず。



今日はたくさんの人から電話やメールをいただきました。
それは、すべてこの仕事の件を心配してくれる心優しい友人知人たち。
そしてこのブログや、他のところでコメントをくれるみなさん。
感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。
こんなにも真剣に心配してくれる人がいる…と、とても励まされました。

本当は今日書きたかった「1歳おめでとう」が書けなかったので、明日土曜日ハルトの1歳特別編を書いてみたいと思います。

2006.05.25

サラリーマンとは

約半年間の育休も今日で終わり。
明日からサラリーマンに戻る…と思っていたのだけれど、復帰2日前となる昨日になって、とんでもない展開になってしまった。

どうしても今日話があるんだけど?と呼び出しを受け、会社に行ってみたところ、本部から来ていた「エラい人」の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

・もとの派遣先に復帰できなくなった。
・6月1日から東京に派遣。単身で行ってもらうがかまわないか。

ええええっっ!?
数日前には「もとの派遣先」に戻るよう指示され、その準備をしていたのに、いきなりそんなことを言われるとは。
聞けば、今朝になってもとの派遣先から連絡があり、諸事情により受け入れられなくなった…とのこと。

そもそも育児休暇を取る際、もとの派遣先からは「再度来て欲しい」、自分の会社からは「もとの派遣先に戻ってもらい、それができなくても転勤や単身赴任はない」という話だったはず。

そんな大事なことは即答できない。

この話は、自分の会社、中間派遣会社、派遣先の会社の3者で関連しているので、今日は中間派遣会社と派遣先の会社の担当者に事情を聞いてみた。

詳しいことはここには書けないけれど、それぞれ言うことが違い、それぞれ「自分の判断ではない」…というようなことを主張している。結局、どうしてそういうことになってしまったのかは霧の中で、誰を信じるべきかわからない、というのが印象だ。

なんにしろ「もとの派遣先」に、今の会社の社員という立場で戻ることはできない…ということは確かだ、ということはわかった。

いやはや…。

東京に行く話は、とりあえず1ヶ月間はウィークリーマンションに住み、その後は未定…という話。

しかし妻もまだ仕事があり、もちろんサラリーマン業をやりながら、家事育児を全面的にサポートするつもりで、そんな話は到底無理。
首都圏に住むのがイヤで、大好きな北海道に引っ越ししてきたのに。
実家もない北海道で、ふたりで力を合わせて子どもを育てていると知っているのに…。

もちろん転勤無しという条件で入社したわけではないし、他の人たちがそうであるように、転勤は「お願い」ではなく基本的には「命令」だ。それがサラリーマンのルール。

とりあえず東京行きは断ったけれど、しかし断ったからといって地元の仕事は無く、明日からどんなことになるか、今度は何を言われるのか、まったくわからない。
コロっと態度を変えた派遣先への不信感と、だからといってさらっと「来週から東京ね」という自分の会社への不信感。


復帰時については、何人かとしっかりと約束をしたつもりだったけれど、そんな口約束にはなにも効果はない、ということに今さら気が付いた。
そんなことを簡単に信じてしまった自分が悪いのか。
それとも派遣先や上司と絶対的な信頼関係を作り出せなかった、自分自身の仕事への姿勢の問題なのか。


自分自身、こんなことになって「とても頭に来ている」のかというと、実はそうでもない。
それぞれの立場で見てみれば、たしかに個々の人たちの言うことはわかるし、それが「会社の利益に貢献する」というサラリーマンとしての仕事をしているような気もする。
だから誰か個人を責めても仕方がないし、なんとなく「仕方ないのかも」という気持ちもある。

…サラリーマンっていったいなんなんだろう。


そんなわけで、今日は一日妻といろいろな話をした。

まずは様々なお金の計算。
そもそも私たちはなんのために生きているのか。
自分たちの幸せはどこにあるのか。
家族とは、そして仕事とは。


#誰が読んでいるかわからないため、どうしてもブログに書けない事情があります。
この話は現在も進行中であり、少しはここに書かれていること以外の事象や事情もある、という点をご了承ください。本当にごめんなさい。

2006.05.23

ナイタイ高原牧場

十勝の上士幌町というところに「ナイタイ高原牧場」という牧場がある。
先週末、たまたま近くを通りかかったので、今年初のナイタイ散歩を楽しんだ。

ここはとても広くて、どこまでも続く牧草や、遠くにポツンポツンといる牛たちの雄大な景観が広がっている。どのくらい広いかというと、東京ドーム358個ぶんだそうだ。

ある意味で北海道らしい、いや北海道と言うよりヨーロッパっぽい?とも思える景色のなかを車で走るのはとても気持ちが良い。
Naitai1


ここになにがあるかというと、こんな広大な景色があるだけなのだけれど、そのなにもなさ、広々とした感じがとても好きだ。十勝の観光地で好きなところは?と聞かれたら、ベスト5位には入れたいところ。
ここに来て車を止めて外に出ると、どうしても「のび」をしなければ気が済まないのが不思議。

↓海のように見えるけれど、海ではなくて陸地。途中までは牧場の敷地。
Naitai2

育休話、ちょっと書く時間がないので、またしても別の記事になりました。

2006.05.22

専業主夫だった日々~育児ストレス

専業主夫としての生活が始まって、すぐに気づいたこと。
それは、毎日毎日言葉の通じない相手と過ごし、その合間に家事をおこなう…という生活が、ただそれだけで想像以上にストレスを感じるものだ…ということだ。

育休に入る前は、会社で無茶な要求に頭を抱えることもないし、スケジュールに追われることもないのだから、さぞかしストレスフリーな生活?だと思っていた。
たしかに仕事ストレスはないのだけれど、こんどは今まで感じたことのない、「閉じられているストレス」を強く感じるようになった。
それは閉塞感ストレスとでも言うのだろうか。なんとなくイライラしてしまい、ちょっとしたことで頭に来たり、わけもなくキリキリしていたような気がする。

訳もわからず激しく泣く赤ん坊を手にしているときなどは、それが最もピークに達している時間で、「もう窓から投げてやる」と思ったことも、正直に白状するとゼロではない。
「もうハルトのいない国に行きたい」なんてことをボソっと妻に言ったことだってある。

でも同じように泣いていても、余裕で対応できるときもあるのだから、やはりそれはその時々の自分の気持ちの問題に違いない。

閉塞感ストレス、自分の場合は外の空気を吸わないことによるものが大きかったと思う。
だから少し買い物に行ったりすれば直るし、ハルトを連れてでも良いので少し車に乗ったり、犬の散歩をする程度でもかなり軽減した。「外に出ないとダメ」というのは、自分自身にとっての大きな発見だ。

それから、家事のモチベーションについても発見があった。

家事と育児が生活の中心になると、社会とつながっておらず、自分は家族のために役立っている。
言い換えれば、家族のためにしか役立っていない…という気持ちになると、食事に関する感想「おいしいね」とか、赤ちゃんが嬉しそうに食べる…というのはすごく重要だ、ということにも気づいた。

妻が専業主婦だった時代、何気なく日々食卓に出されていたごはんを食べていたけれど、それに感想を述べたりするのはとても重要で、それこそが料理を作る者のモチベーションだ、ということに今頃になって気づいた。
やはり相手は人間なのだから、小さな一言が大事だな、と。


会社に行っていない、つまり社会参加していない…という点については、想像していたほどは気にはならなかった。
もともと「会社人間」のタイプではないし、いまところは仕事を通じて人生を豊かにしよう…という気持ちもそれほどない。たまには職場のメールを開いていたし、ときどき問い合わせの電話がかかってきた…というのもある。
まぁこのブログもあって、コメントもらったり、知らない人からメールをもらったり、あるいは取材を受けたりしたのもその理由としては挙げられるのかもしれない。

まだしつこく続きます…

2006.05.19

春の約束

今年もまた、あの場所に行く季節がやってきた。
それは自宅からそれほど離れていない林のなかにある、ニリンソウの群落。

そこは見たこともないくらい、一面のニリンソウが咲き乱れ、そのなかにポツンポツンと白いエンレイソウが咲いている。

道路際に車を止めて、歩くこと数分。
ハルトを連れて、静かなその場所に立つ。
今年も約束通り、そこは一面のニリンソウ。
Nirin1

Nirin2
長いことこのブログを見ていただいている方は、昨年も同じ場所を記事にしたので覚えているかもしれない。

この場所は誰にも教えない秘密の場所。

今日もまた、誰もいない。
川の水音と、鳥の声だけが聞こえてくる。

たまたま知って以来、毎年5月のこの時期に決まってこうして花を見に来ている。
そんなこの場所がすごく好きだ。

誰にも荒らされず、ずっといつまでもこうして決まって5月に花を咲かせつづけてほしい。

Nirin3
↑↓こんな感じのところです
Nirin4

昨年の記事とまったく同じですが、また書いておきます。
--
十勝にお住まいの方へお願い。
もしこの場所がどこかわかっても、宣伝するのはできれば止めて欲しいです。
もし行くことがあっても、見るだけ、写真を撮るだけにしてください。
どうか、この場所を大切にしてください。

育休話を書こうと思っていたけれど、今日行ったこの場所がすごくきれいで、どうしても紹介したくなったので予定を変更しました。

2006.05.18

専業主夫だった日々~はじめの頃

紆余曲折があり、会社ではじめての男性育休取得者になることが決まって、実際に育休に入るまでの間、自分の気持ちは正直浮かれていた。
なにしろ育児「休暇」だ。休暇と言えばお休みのこと。つまり毎日日曜日ってことだ。
もう早起きしなくていいし、ストレスで潰瘍ができることもない…。
育児といっても、たかが赤ん坊の相手をすれば良いだけのことじゃないか。
なにしろ会社に行かなくて良いのだ。

ところが、この考えは間違いだったことにすぐ気づく。

ちょうど育休に入る頃の赤ん坊は生後6ヶ月。
いま振り返れば、自分にとっての育児はこの育休に入ったころが一番大変だった。

まだ「寝たきり」だった赤ん坊は、とにかく抱っこを要求。
とにかく抱いていないと機嫌が悪く、抱きながらだとなにもできない。
また後追い泣きも激しい時期があり、妻の姿を探して大泣きし、自分の手から脱出しようと大暴れするのも大変だった。

そうなると本当に何もできず、後追い泣きされてしまうと、何も出来ないどころか仕事がある妻の手まで借りることになってしまう。

自分の好きな過ごし方どころか、家事も満足に出来ない…。

育児休業の期間中は、育児のほかに家事、特に炊事をしっかりやる、という小さな目標を立てていた。

多少の育児休業給付金が出るとはいえ、基本的には無収入な専業主夫であり、SOHOな妻に経済的に頼っている状況だから、「最低でも妻にはおいしいご飯を作りたい」という気持ち。
妻は一日中家にいるのだから、1日3回「ちゃんとしたごはん」を用意することは、専業主夫の義務である、と考えていた。

ところが「ベッドに置けば寝ている」はずだった赤ん坊は、ひたすら抱っこを要求し、まったく解放してくれない。ちゃんとごはんを作りたい気持ちはあるのに、それがかなわない。
きちんと料理していたこともあったけれど、パンを買ってきただけ…なんてことも多く、自分としては心苦しさを感じていた。
もちろん妻はそんなことを言ったりはしないけれど、専業主夫としてちゃんとしなきゃ…というプレッシャーはかなり強かったような気がする。

育休は決して「休暇」などではなく、「家事育児」という新しい仕事に就いた…というのが実感として正しい。

会社員として会社に行くのと、専業主夫として働くのと、どっちが大変かと聞かれれば、専業主夫のほうが大変だ…というのが育休の最初の頃の正直な気持ちだったと思う。
やはり土日や夜だけ顔を見るのと、一日中わけもわからない赤ん坊の相手をしているのとでは全然違う。

育休をとらないほうがよかった、と思う瞬間は最後まで無かったけれど、でも「育児がこんなに大変だなんて…」という気持ちになったことは数知れない。
当時は意図的に「大変」という言葉は使わないように、思うことすらしないように努めていたけれど、やっぱりそれは無理をしていたのかもしれない。

とはいえ、慌ただしい日々を過ごしつつも、時間の経過とともにだんだんとペースがつかめてくると、生活のいろいろなところで余裕がでてきて、やっぱり育休をとってよかったなーと思える瞬間も増えてくる。

…明日に続きます

Haru0001
↑当時のハルト。寝ているときは平和だった…

2006.05.17

復帰準備

会社から電話がかかってきて、復帰の打ち合わせをしたいので出てこられないか?とのこと。
妻は締め切り前で手が離せないし、こういうときにちょっと子どもを預けられる相手もいない。

「子連れでもよければいいですけど?」ということで、赤ん坊抱えて会社に行ってきた。

説明を受けたのは、来週後半の職場復帰の話。
育児休業に入る前、一応もとの派遣先に戻る…ということで話をつけて休んだけれど、実際は一度派遣契約を完全に切ることになったのだから、本当に元通りになるかどうか、やや不安なところでもあった。

やはり、この機会に派遣単価アップを狙う会社側、システム予算の低減を狙う派遣先側、双方相当きわどい駆け引きがあったらしく、その経過を詳しく聞くことができた。

危うく、より単価の高い東京長期出張のプロジェクトに放り込まれそうになったようだけれど、結局は派遣先側が「どうしても彼に」とゴリ押ししてくれたらしく、もとの派遣先に予定通り戻れることになった。

良くも悪くも5年以上同じ会社のシステムの面倒を見続けた勝手知ったるシステムで、いろいろな意味でこのまま同じ派遣先側のほうが、自分にとってはなにかと都合が良い。

やれやれ、よかった。

復帰に伴う手続きをして、ハンコを押して、DELLの箱を開けて、準備は完了。
スーツもクリーニングに出して、いよいよ会社員に戻るときが近づいてきた。

長かったようで短かった半年間の育児休業。
これから少しの間、この半年間を少し振り返ってみたい。

2006.05.16

おいしい時間

このところ急に暖かくなって、外にでるのがとても気持ちよい季節になった。
窓をいっぱい開けて、外の空気が家の中を通り抜けるようにすると、本当にいい気持ち。

そうだ、今日は外でごはんを食べようか。
2階のリビングからすぐ出られるデッキにあるテーブルをふいて、ご飯を並べる。
ハルトも椅子に座ってね。
20060516

単なる地味な夕食なのに、ただ外にでるだけでこんなにも気持ちがよいのはなぜだろう。
デッキは台所のとなりなので、いつでも好きなときに広い空と日高山脈を眺めながらご飯が食べられる。

どこからか、子どもたちの声が聞こえてくる。
もうすぐ沈む夕日に照らされた外の風景は、夕陽色。

こんな夕方は、いつものごはんがちょっとだけおいしい。

2006.05.15

オーナーズクラブ設立の理由

私たちの自宅「四つ葉屋根の家」を建てたのは、幕別町にある小さな工務店。

彼の設計する木の家の空間デザインや、地産地消のコンセプト、住まいと生活はこうあるべき…という価値観のようなものがとても好きで、彼の設計した家を建てて住んでとても満足しているし、依頼して本当によかった…と思っている。言ってみれば彼のファンでもある。

また彼ら一家とはとても親しくしていて、一緒に旅行に行ったこともあるし、「新しい家出来たんだけど見に来ない?」と電話がかかってきて、家を見に行くことも多い。
だからここ数年の間に建った、彼の設計した住宅はほとんど見て知っているし、どの家もとても好きだ。

そうして新しい家を見に行くと、いつも顔を合わせるご夫婦なんかもいて、同じような家を好む人たちとは、家への価値観も近いはず…とはずっと考えていた。

そこで、そんな人たちで集まって「家ばなし」をしたり、新しい家をみんなで見に行って、「あーでもない、こーでもない」と言い合ったら楽しいのでは!?

ということで、工務店社長氏とも相談して、かねてからあたためていた「オーナーズクラブ」を設立することになった。
日曜日はその記念すべき1回目の会合。

自分が発起人になってなにか集まりを主催する…なんてことはほとんどなく、どうなることかと思ったけれど、20数人の「オーナー」たちが集まってくれて、和気あいあいと焼肉することができた。

世代も住んでいるところも職業もバラバラだけれど、基本的にはみんな自分の家や、同じような木の家が好きな人たちばかりで、話は大いに盛り上がった。

「四つ葉屋根の家」を見て、建築を決めた…なんて話も聞けたし、みんなで最近建った家に押しかけて、家中見せてもらったりと、とても楽しい時間だった。
いままで家は知っていたけれど、ああ、あの家はこんな人たちがこんなふうに住んでいるんだなー、アレはこういう理由だったのか…なんてこともいっぱい。

工務店社長氏も自分のファンばかり集まって、みんなに囲まれてとても嬉しそうだったのが印象的。

家を建ててからもう3年も経つというのに、やっぱり家つながりでこんなふうに人が集まったりするのも、なんかいいなーと思った、そんな会合。やっぱり家には思い入れがいっぱいあるほうが楽しい。
House000

#いま書店で売っている「田舎暮らしの本」という雑誌に、私たちと「四つ葉屋根の家」話が4ページほど載っています。
このブログの内容に比べて新事実?が書かれているわけではないし、写真はこちらから提供したものなので見たことあるモノばかりだと思うのですが、どういうわけか顔写真がいっぱい掲載されていたり、名前が載っていたりするので、興味ある方は立ち読みしてみてください。

2006.05.12

散らかる食卓

生後11ヶ月のハルトは、離乳食も3回になり、朝昼夕と家族全員で食卓を囲っている。
テーブルにひっかけるタイプのイスに座り、一緒にごはん。

最近は「自分で食べる」ことが大好きで、箸やスプーンであげるよりも、むしろ自分で食べたがることが多い。
パンや煮物、フルーツなどは自分で食べられないこともないので、できるだけ自分で食べるようにしてあげよう…と思い、口に入れられるサイズに切ってあげて、目の前の皿に置く。
すると、自分で取って食べるわけだけど、当然スプーンが使えるわけではないので手づかみ。

手を伸ばして、食べ物をわしっとつかみ、口に入れてもぐもぐ。
うまくつかんで食べられればいいけれど、やっぱり落としたり、口からでちゃったり、なかなかうまくいかないことも多い。
そのうち、バナナをこねくり回したり、皿を振り回してみたり…。

するとどうなるか。
テーブルの上や下、ハルトのまわりに食べ物が散乱してぐちゃぐちゃ。
トマトの破片、パンくず、魚の身、たまごのくず、みかん…
ゆっくりとした食事が終わる頃には、まるで大魔神に荒らされた後のような食卓になってしまう。

本当はぜんぶ箸やスプーンで大人が食べさせてあげれば、こんなことにはならないのだけれど、でも「自分で食べる楽しみ」があるんだろうから、仕方がない。
本人は自分で食べることが出来て大満足の様子でとても嬉しそうだ。
よくわからんけど、手を使って食べるのも、手先の訓練になって良いのではないだろうか?

ご飯自体もとても時間がかかるけれど、まあそのくらいは大目に見てあげよう。

Haru060511
↑その荒れた食事後の風景の写真にしようと思ったけれど、いくらなんでもきたなすぎるので、代わりに「ひとり立ち」の写真。
最近は安定してひとりで立てるようになり、いつでもどこでもよく立っている。
1歳になるまでに歩くかな~?

2006.05.11

春模様

GWも終わり、北海道は本当に良い季節。
天気も良いので、今年はじめてロングコースの散歩に犬とハルトを誘って出かけた。

ついこないだまで、あんなに雪だらけだったのがウソのよう。
空には高い雲か浮かび、ヒバリ?の声が空高くから聞こえてくる。

200605110

平日の日中、通る車もすれ違う人もいない。
背中のハルトも元気にキョロキョロしていて機嫌良さそう。

ちょっと冷たい風がほほに当たってとても気持ちいい。

息子とふたりで春の風景のなかを歩いている。
なんて贅沢な時間なんだろう。

家を出発点に約2キロちょい、1周40分の春模様。

帰って、ぶらりとそらの丘に行ってみると、そこではジャガイモの植え付けが始まっていた。

200605111
↑小さく見えるけれど、右のトラクターに人が5人乗ってイモを植えています。

2006.05.10

救急外来

子どもの様子がおかしいとき、病院に行くべきかどうかの判断ってとても難しい。
平日の日中であれば連れて行ってもいいとしても、だいたい判断に迷うような場面に遭遇するのは、夜中だったり連休中だったりする。

今年2月頃、深夜にハルトが泣き出して病院に走ったことがあった。
4月にも同じことがあった。
このときは2回とも、病院に着いた頃には何事もなくケロっとしていて、そのまま家にUターン。

4月のときはちょうど診察時刻の終わり際だったので、病院に入って行って「迷う場合はどうしたら良いですか?」と聞いてみた。
そのときの回答は「迷ったら家を出発する前に、とりあえず病院に電話してみて」とのこと。

先日の風邪リレーで嘔吐を繰り返したときは、やっぱりGW中で休みの日。

ドライブ中に唐突に、ほんとにいきなり「ゲーっ」とハルトが吐いた。
本人も結構苦しそうで、車を止めて様子を見ていたら、その後も連続的に嘔吐。
それが1時間くらい続き、「病院に今すぐ連れて行くべき?」と迷ってしまった。

そこで例のアドバイスを思い出し、病院に電話。
状況を説明すると、
「いまは急患をみる内科の医師がいるのでみせに来てください」とのこと。

そして行ったものの、結局は「もう少し様子を見ないとわからないねえ」との結論。
しまいには「車酔いじゃないのかなあ?」なんて言われる始末。

あーあ、やってしまった…。
病院がやっていない時間帯はほんとうに緊急の人だけが行くべきで、よっぽどのことがない限り、それこそ「死んでしまうのでは?」というくらいにならなければ行かないつもりだったのに。

突発性発疹のときは、土曜朝に熱が出て、月曜朝に下がって発疹がバーっと出たものだから、結局病院には行かずじまいだったというのに、こんなつまらないことでお休み中の病院に行って、みなさんの手を煩わせてしまった…。
(結局翌日には熱が出て1日調子悪かった上に、その翌日は父親(私です)も発熱して吐きまくっていたので、車酔いということはなかったのだけれど…)

それにしても「様子を見ていればいい」のか、それとも「今すぐ病院へ」なのかの判断が素人には難しい。

2006.05.09

道南旅行

突然始まった風邪は、今日突然終了。
昨日はあんなに調子悪くてダメダメだったのに、今日は何事もなかったかのよう。

そんなわけで、今日は気を取り直してゴールデンウィークに行った函館の話。

我が家から函館までは約500キロ。
どっちも同じ北海道内なので近いのでは?と思われがちだけれど、実はとんでもなく遠い。
高速道路も200キロちょいしかないので、気持ち的には実家のある神奈川なんかよりもずっと遠い。

そんなわけで、初日は朝5時に起きて家を出発!
朝ご飯は、苫小牧の「マルトマ食堂」で。
魚市場に隣接しているここはホッキ貝メニューが充実していて、どれもとてもおいしい!
Hako1
昼頃行くと混んでいて大変なことが多いのだけれど、午前9時頃は空いていました。

途中国道5号線からの眺めを楽しみながら、昼過ぎには函館に無事到着。
お昼ご飯は、函館ご当地ファーストフードの「ラッキーピエロ」にて。
ここのお店は発祥が中華料理屋ということで、中華風のハンバーガー類がとてもおいしい。
なによりも「函館に行かなくちゃ食べられない」というのが良い。

次は遊覧船へ。
Hako2


その後はちょっとブラブラして、湯の川温泉の宿に。
今回たまたまKKRはこだてというところに泊まったのだけれど、夕食も朝食もとてもおいしくて手が込んでおり、施設も新しくて静かで、スタッフも親切で大満足。
比較的安めだったのでそれほど期待していなかったのだけれど、いい意味で裏切られました。

そして特筆すべきは、男女別大浴場のほかに、家族風呂と称した中浴場があること。
鍵を借りて貸し切りできるのだけれど、すごく大きくてピカピカ。
ザブザブかけ流しになっているので、赤ん坊も含めた家族全員でゆっくりゆったり温泉に入れました。
こういうのっていいよなー。

温泉のあとはおなじみ夜景を見に函館山へ。
函館に来たのは5回目くらいだけど、家族で夜景を見るのははじめて。
人の多さにかなりひるんだけれど、冷たい夜に浮かび上がる夜景はすごくきれいでした。

Hako3
↑手持ち撮影なのでキビシイ

個人的に北海道で夜景といえば、札幌のもいわ山だと思っているのだけれど、函館もいいなー。


翌日。
今回は主に桜目当てだったけれど、今年は桜はちょっと早かった…。
前回3年前のGWに来たときは満開だったんだけどなー。
五稜郭も松前もまだ咲いてなかったので、また次回のお楽しみにしましょう。

そんなわけで、市場でイカ釣りして刺身にして食べたりしながら、渡島半島をぐるっとドライブ。

Hako4
恵山をハイキング中。

途中、たまたま立ち寄った道の駅でウニを食べたり、松前に立ち寄ったり。
Hako5

海沿いのドライブは本当に気持ちいいー。
Hako6

この日は乙部温泉に宿泊。

が、この夜から妻の具合が唐突に悪くなったのは前回の日記の通り。
その後の予定は全部キャンセルして、家に直行。

そんなわけで結局正味2日間だけで、桜も見られなかったけれど、海の幸もいっぱい食べられたし、夜景も見られたし、家族総出の風邪リレーが始まってしまったこと以外は大満足。

函館、すごく遠いけれど、また来たいなぁ。

2006.05.08

風邪リレー

GW、前半は函館に旅行。
イカ食べて夜景見て温泉入って…と満喫していたら、3日目の朝に妻の具合が突然悪くなった。
高い熱と関節痛、吐き気。
道南旅行はまだ続く予定だったけれど中断。
500キロ離れた自宅に帰る。

3日後。
妻の具合はすっかり回復したので、こんどは気を取り直して釧路へ。
もうすぐ到着…というところで、こんどはハルトの調子が急に悪くなり、ゲーゲー吐きはじめた。

30分おきくらいに吐きまくるので、旅行どころではなくなり帰宅。
病院に電話したら「診せに来てください」とのことで救急外来にかかるも原因不明。

そして今日8日、ハルトの調子はすっかり良くなった…と思ったら、今度は自分がダウン。
やはり朝からゲーゲーやっていて、熱も高くて、関節も痛い。
うー、いったいなんだろう。

とりあえず今日はもう寝ます…。

2006.05.02

そらの丘

夕暮れ時、太陽が西の空に沈んだ。

どんどんと暗くなっていく空はどこまでも透明で、ただただ雲が風に乗って流れていく。
ひんやりとした空気は今日も静まりかえって、夜が来るのを静かに待っている。

Sora0605

…家から車で数分。
誰もいない秘密のお気に入りの場所に、今日もまた妻と子どもを連れて来て空を眺めている。

そうだ、この場所に名前を付けよう。
ここでよく見ているものは、空。

だから今日からここは「そらの丘」


#このブログは土日祝日は更新がお休みなので、次回更新は8日月曜日となります。
この記事はタイマーで自動更新してみました。

2006.05.01

カタクリの山

旭川郊外の小さな山に、カタクリの花が群生しているところがある。
いつか行ってみたい…と思いつつなかなか行けずにいたのだけれど、約200キロ離れたそこに、昨日ようやく行くことができた。

陽当たりのよい斜面は、カタクリとエゾエンゴサクが満開で、ちょうど見頃。
Katakuri2

紫のカタクリ、青のエゾエンゴサクが、他に色のない山を鮮やかに彩っていて、それはそれはきれいだ。

地面をよく見ると、落ち葉は上から重いもので圧縮されたようになっている。
そう、ここは少し前までたくさんの雪に覆われていて、入ることすらできなかった場所。

Katakuri1

地面を覆い尽くしていた雪はちゃんとすべて解け、地面の下に眠っていたたくさんの球根がこうして一斉に芽を出し、花をつける。

北海道は春真っ最中。

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ハルト

  • 20060/04/21
    2005年5月に生まれた長男「ハルト」の写真です

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