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2006年8月の17件の記事

2006.08.30

秋の気配

あんなに暑かった夏が終わり、急に秋の足音が聞こえてきた。

窓を開けると、空気の重さがふわりと軽くなってきた。
空を見上げると、高い高い秋の雲。
太陽の光もまた、少しずつ弱まってきた。

外を歩くと、虫の声が「秋の色」に変わっている。
いつのまにか夕暮れ時が早まって、太陽の沈む時間が日に日に早くなってくる。

水の温度も少しずつ少しずつ冷たくなってきた。

紅葉はまだだけど、空も雲も、空気すらたしかに季節の変化を伝えている。

秋。
今年もまた、彩りの世界がやってくる。

2006.08.28

お散歩

あんなに暑かった十勝もだいぶ涼しくなり、安心して外を歩けるようになってきた。

明日は雨だというし、今日はちょっと足を伸ばして帯広動物園をお散歩。
年間パスポートがあるので、いつでも気楽にお散歩できるのがいいところ。
子どもたちの夏休みも終わり、平日の午前中ということもあって、園内はガラガラだ。

チンパンジーの飼育員のおじさんに話を聞いたり、キリンの飼育係のお兄さんにエサの内訳を聞いたりと、なかなか楽しい。

ハルトも動物を見てはいるけれど、どちらかというと、地面を歩くアリとか、ベビーバギーの車輪、カンカンと鳴っている子ども列車の踏切なんかのほうがもっと好きみたい(?)

Haru060828
↑アリに心を奪われているハルト1歳(おでこは先週、砂利道で転んだときのキズ跡)

いまのところ外をガシガシ歩けるのは1時間くらい。
それ以上になると、抱っこして欲しくなって寄ってくるので、バギーに乗せて車に帰ろう。
帰りにはスーパーに寄り道。今夜のご飯は何にしようかな~?

2006.08.25

子ども時間

今日はどうしても外せない用事があって、朝から昼過ぎにかけて、ハルトを妻に預けて街に出た。
前々からわかっていたことなので、妻には仕事の都合を付けてもらい、なんとか作れた貴重な時間。

こんなことはめったになく、「ひとりの時間」なんて本当にひさしぶりだ。
子どもを誰かに預けたことはいままで一度もないし、もしかすると6月に退職して以来、初めてのことかもしれない。

ひとりで車に乗って、ひとりで運転。
遊びに行ったわけではないので、用事を済ませて、銀行とかに行って、おむつ買って、スーパーで今夜の買い物をしてとっとと帰ってきたのだけけれど、「ハルトがいない」という状態が珍しくて、なんだか新鮮な体験だった。

まず、子どもがいないので歩くのが速い。
買い物もあっという間に済ませられるし、トイレにも行き放題だし(?)、銀行に行くのもなんてことない。
立ち読みだってできちゃう。

いつもなら車に戻ると、まずオムツをチェックして必要なら替えて、飲み物あげて、なんか話しつつチャイルドシートに固定…なんて感じだけど、ひとりなら当然そんなこともないので、なにもかもが早い。
ずっと行きたくても行けなかった散髪にもようやく行けた。

そんなこんなで、妻からもらったわずか数時間の「育児の休暇」は終了。
短い時間とはいえ、いろいろとたまっていた用事が無事に済ませられた。

…それにしても、子どもがいるのといないのとでは、こんなにもスピードが違うとは。

子どもと一緒にいるのって「子ども時間」みたいなもの。
子ども時間は大人時間よりも遅くて、いろいろ予定通りにならなかったり、なにかと要領が悪かったりするけれど、きっとそれはそういうものなんだろうな。

それをもって育児は大変だ、なんて主張する気持ちはないけれど、でも子どもを持って、子どもと向き合ってこそわかることでもある。
そんなふうに感じた「子ども時間」だった。

2006.08.24

チャイルドシートは前か後ろか

子どもを車に乗せる際に必要なチャイルドシート。
これ、後部座席に付けるべきか、それとも助手席か。

最初はセオリー通り、後部座席に付けていた。

ところが最近はハルトとふたりで車に乗ることが多く、様子を見たかったり、手をつないで欲しいとハルトが要求したりするものだから、試しに助手席に移動してみた。

すると、ハルトはとなりの運転席も見えるし、前もよく見えるし、とても快適そう。

「おろせー」と泣くことも少なくなった。
シートに乗せたり降ろしたりも運転席から可能だし、運転中いろいろ話しかけてあげられるし、飲み物をあげたりもしやすい。
というわけで、自分もハルトも意外にも快適だ。

すると気になるのが安全性。

説明書には「なるべく後部座席に」と書いてあるけど、実際どうなんだろう。

助手席エアバッグが付いているので、後ろ向きチャイルドシートは厳禁。でも前向きならば、できるだけシートを後ろにスライドしておけばいいみたい。

一般的な話として、助手席自体が後部座席より危ないのでは?という話はあるけど、それほど根拠があることではないみたいだし、おかあさんの顔が見える助手席に乗せてあげましょう…なんて書いてあるものもある。
一方で子どもは絶対後部座席に乗せるべきだ、というのもよく見るし、意見はわかれるみたい。

でも乗っている子ども本人が助手席のほうが快適なんだったら、車内みんなの精神衛生上、子どもは助手席でもいいような気がする。


それと個人的に気になるのが、事故があったとき、すみやかに子どもを助けられるか…という話。

北海道に来てすぐに、新得の山奥にある温泉に向かう砂利道で、崖に車を落としてしまう事故をやったことがある。
ゴロゴロと2回横転して40m落下し、木に引っかかって偶然助かった…という単独事故だったのだけど、ボコボコに変形し逆さになった車から、妻とふたり脱出するのがとても大変だった。

シートベルトががっちりきいて、運良く大きなケガはなかったのだけど、全窓は大破、四方八方から枝が車内に差し込んでいる上、車体が大きく変形してドアは開かないし、燃料に火でもついたらどうしよう…という恐怖。

全身にガラスの破片を浴び、手は泥と血まみれだわ、足はガクガクするわでほとんどパニック状態で大変だった。

結局、割れた後ろの座席の窓から脱出したのだけど、こんなときもしハルトが乗っていたとして、救出するのは非常に大変そうだ。

助手席なら手を伸ばしてヒョイだけど、後ろだったら?もし車が炎上していたら?

そんな事故普通はない…と思いたいところだけど、現に自分はやってしまったし、冬のツルツル路面のことなどを考えると、この程度の事故をやることは想定しておかないといけないような気がする。
冬に畑にコロリン!なんて比較的よく見かける風景だし…。

そんなわけで、もう少しのあいだ助手席に乗せてみよう。

Seet
↑でもちょっとイヤだなぁ…という顔のハルト1歳

2006.08.23

涼しくなってきた

ちょっと前の記事にも書いたけれど、今年は本当に暑い夏だった。
7月中旬だったか?から急に暑くなり、それから暑いのなんの。

温度はともかく、許し難いのは湿度。
じめじめじめじめじめじめ…。べたべたべた…。

自分は本当に暑さに弱く、今年の暑さにはホトホトまいってしまった。
北海道はそれでもまだ過ごしやすい、なんて言っている人もいたけれど本当なのだろうか。

実は我が家には、このあたりでは珍しくエアコンがあるのだけれど、去年も一昨年も数えるほどしか使わなかった。
しかし今年は連日つけっぱなし。
ある日は冷房だったり、またある日は除湿だったりしたけれど、なにしろ大活躍。

とはいえエアコンは1階の妻の仕事部屋、つまり事務所の部分がメインで、あとは夫婦寝室が多少…という程度しか冷えず、台所やリビングは暑いまま。
リビングは南側に大きく開けた窓から、熱い太陽光線がギラギラ。
緑化屋根が暑さを防ぐなんて「なんのこっちゃ?」状態。

妻の仕事部屋にもハルトを遊ばせるスペースくらいはあるので、暑い時間はなるべく仕事部屋にいたけれど、しかしそれでは台所仕事はできないし、リビングの掃除もできない。

とはいえ食事の支度はやらなければならない。
只でさえ暑いのに、暑がって汗でぐちゃぐちゃになっている、熱玉のような息子を片手で抱きながら、身体をクルクル動かして、コンロの前で熱い鍋をいじったりするのは、なにかの修行のよう。

ご飯が出来たと同時に、今度はそのできたての熱々ご飯を食べながら息子にも食べさせなければならず、もう「まいりました」という心境。

エアコンのある仕事部屋でハルトと遊ぶ、というのも問題があった。
ハルトは同じ部屋にかーちゃんがいると、ついついかまって欲しくなり、妻も無視というわけにはいかなくて、仕事が滞ったりといろいろ不具合もあり、いい加減涼しくなってくれー、とずっと思っていた。

実は6年前の北海道移住を決意した隠れ理由のひとつが、関東のあまりの暑さに耐えられず「涼しい北海道へ!」というのがあった。それなのにこんなに暑いなんて…。

とはいえ「かちまい花火が過ぎたら涼しくなる」という十勝の言い伝え通り(言い伝えより遅れて?)、このところようやく涼しくなってきた。

今日なんかはかなり涼しくて、ホッと一息。
北海道の秋が待ち遠しい。

2006.08.22

公園を散歩

ハルトの歩行が安定し、よっぽどのことがないと転ばないようになってから、街の公園を散歩するのが日課になっている。
公園までは15キロほどと決して近くはないのだけれど、買い物や図書館行きを兼ねて行くことが多い。

国道沿いにあるここの公園は、この季節キレイに刈り込まれた芝生が魅力。
いつ行っても手入れが行き届いていて、とても気持ちがよい。

今日も午前中、ハルトとふたりで公園に行ってみた。
広ーい芝生に放牧。ひたすら歩き回ってとても楽しそうだ。


ところでこの公園には大きな謎がひとつ。

それはいつ行っても人が少ないこと。
天気の良い暑い日は噴水で遊んでいる子どもたちがいたりもするけれど、たいていは人がまばら。

今日に至っては、なんと人っ子ひとりいない、完全貸し切り状態。Park


同じ年頃の子連れはおろか、犬の散歩とか、ジョギングやウォーキングしている人とか、そんなのも誰もいない。まるで立ち入り禁止の場所に間違って入ってしまったみたい。
少し前に比べればそれほど暑くないし、日差しが強いわけでもなく、絶好の公園日和なんだけど…?

公園自体は住宅地というか、人が結構住んでいるところにあるのにとても不思議だ。
今日は平日だから、みんな家に籠もっているのか?
それとも十勝は共働きが多い…という話を良く聞くけれど、みんながみんな働いているとか?

まあ変に他人に気を遣わなくて済む、といえばそうなのだけど、こんなに大きくて立派な公園なのに、まったくの無人とは。

…ハルトは1時間弱くらいで疲れ、「抱っこ」してもらいたくてすり寄ってくるので、それを合図にお散歩終了。
お昼ご飯と夕飯の食材を買って帰ることにしよう。

2006.08.21

同居体験

ちょっと前の話になるけれど、自分の母親がひとりで北海道にやってきた。

別の旅行の最後にちょっと顔を見に…ということで、たった半日の滞在。
帯広で待ち合わせをして、久しぶりに孫の顔を見て、とかち帯広空港からの最終便で帰る…ということで、空港まで送っていったものの、機材故障だかなんだかで、急に帰れなくなった。

もともと「その便にしか乗れない」という航空券だったのが「いつでも乗れる航空券」に変わり、急に我が家に滞在することに。

おぉそれはよかった…と、短い同居生活がスタート。
ところが急に決まったことだから、妻は普通に仕事があるし、自分は子どもの面倒と家事といういつもの仕事があるので、日常通りの生活。

母は「なにか手伝いたい」という気持ちで、やる気は満々なのだけど、はっきりいって家事は自分が全部やっているので特に手伝って欲しいところはない。

3人育てたベテランだから…とハルトの面倒を見てもらおうとしたものの、30年ぶりのせいなのか、還暦過ぎた身体には暴れん坊1歳児は手に負えないのか、ちょっと危っかしく、見ていられない感じ。

そして母は母で、息子のシュフぶりがとても気になるらしく、いろいろとご意見。

…大根の煮物の面取りした切れっ端は捨てちゃだめ!みそ汁に入れるのよ。
コーヒーのカスはゴミにしないで、とっておくと使えるのよ…。

部屋の換気扇はこまめに消さないと…
食器の収納は…洗濯物の干し方はそうじゃなくって…

夜、洗面所のほうから怪しげな音がするのでびっくりして見に行ったら、風呂のスノコをゴシゴシとこすっていたこともあった。そういうのはやめてほしい…。

ひとつひとつはとても細かいことなのだけど、その細かさ故、言われる方もとても気になる。
ここは我らの家だし、うちにはうちのルールがある。

…結局2泊して帰っていったけれど、正直結構疲れた…。

家事のやり方の違いなんて小さい問題で、本当にたいしたことじゃないのに、意外なほど意見の違いが気になり、言い争いをしたわけでもないのに、この疲れっぷりはなんだろう。

自分のかーちゃんなのになぁ。
それとも自分の実の親だからこそ、なのだろうか。

母は母で、ハルトの相手は思うようにできないし、IHヒーターとか食器洗い器とかは「?」だし、運転免許がなくて家から出られないし、「手伝いたい」という気持ちが空回りしていた模様。

なにしろ誰かと同居する、というのはとても困難なことだということが、たった3日間ですごくよくわかってしまった。

我が家は実家が離れているので、子どもを育てる上で実家が近くにあったり、同居したりしていたら楽だったかなぁ…なんて思っていたけれど、実際はこういう意味では大変だったかも。

まあ今回は3日間初孫の顔をいっぱい見られて喜んでいたから良かったけれど。

2006.08.18

家に真剣に取り組む

先日、我が家を設計した工務店社長氏がうちと同じような家を建てたい…というIさんを連れてやってきた。

「うちはモデルルームじゃないし…」と当初はちょっと思っていたけれど、Iさんが語る地元の素材で家を建てたい、という話や、家族のあり方を考えたとき、自分たちはこんな家が欲しい、という話についつい引き込まれ、なかなか楽しい時間だった。

そのなかで、うちの家を設計し、建てた社長が言ったこと。

「家造りは真剣に取り組まなければいけない」

家はその人の人生の舞台であるし、人の価値観や生き様を形に表したもの、そしてその家族の顔だから、その人、その家族の生き方や「どう年齢を重ねていきたいか」ということをしっかりと見つめ、それを反映したものでなければならない。

だから当然、家は100軒建てたら100軒とも違うモノになるのは当たり前で、それが自分の仕事だと思っている。だから施主に対してもいい加減な気持ちで家を建てないよう、大きな部分から細かい部分まで、きちんと詰めることをいつも注意している…という話。

…なるほど。
そんな考えで家の設計を行っていた、なんて話は初耳だ。

でもやっぱり思い返してみれば、「これでもかっ」と打ち合わせを重ねたり、同じ本をたくさん読んだり、一緒に講演を聞きに行ったり、さらには一緒に旅行して建築家や林業家を訪ねたり…という「意識合わせ」の部分、そしていろいろな要素を検討しあう「話し合い」に、ずいぶんと時間を使ったのがこの人との家造りだった。

手間と時間ばっかりかかり、工務店経営的に見て上手な家造りとは違うなー、といつも感じていたけれど、そんなポリシーがあったとは。


この家は建って3年経ったけれど、いまでもこの家が大好き。
それはやっぱり自分は家造りに真剣に取り組んで、十分考え抜いたものだし、当時として自分たちが導き出した一番良い「自分たちにあったもの」だと思えるから。
自分たち家族の顔です…と自信を持って言える。

そう考えると、「家造りは真剣に取り組まなければいけない」というのは正しい考え方なんだろうな。

うちはもう次の家造りがあるのかないのか、たぶん無いとは思うけれど「家は真剣に建てないといけない」という言葉は頭の隅に置いておき、これからうちを見に来る人に伝えていきたいと思う。

2006.08.17

少しずつ怪獣に

もうすぐ1歳3ヶ月になるハルトは、自由自在に歩けるようになってきて、手も大人と同じように使えるようになってきた。
ノブを回して扉を開ける、とか、引き出しをあけて中の袋を取り出し、さらに袋の中身を取り出す…なんてことが自由自在。

歩くのが楽しくて、知らないものを検査するのが楽しくてたまらないハルト。

それなのに日本語はまだ使えない。
だから○○○だからダメ、とか、そういう理屈はまったく通じないし、自由気ままに動いている。
大きな声で喜んだり、走り回ったり、転がったり、毎日本当に楽しそうだ。
欲しい物を指さししたり、「イヤイヤ」を覚えたりと、意志を伝えるのも上手になってきた。

そんなハルトだけど、困ったこともでてきた。

たとえばスーパー。
ハルトとふたりで買い物に行って、スーパーに備え付けてあるカートに乗せる。

最初はおとなしく座っているのだけれど、だんだんと飽きてきて?いろいろなものに触りたくなってしまう。

陳列してある商品に手を伸ばしても届かない。
それはこのカートがいけないんだ!!降りたい!!とばかりに、立ち上がって降りようとする。
そのまま脱出(落下)しそうになって抱き上げることもあるし、ベルトがしてあって降りられないと、今度は怒って「おろせー」とばかりに泣きわめいて大騒ぎ。

もう少しで終わるから…なんて言葉が通じるわけもなく、かといって無視するわけにもいかず、結局は「抱っこ」になってしまう。

こうなると両手を使うもの、たとえば自分で袋に入れる鮮魚や、自分でパックに詰める総菜とかは買えなくなってしまう。

最後にレジを通るときに、また座らせようとしても「イヤイヤ」をして断固として座らず、片手にハルト、もう片手に商品、さらにカートもあって、お財布を出してお金を払うのも難しい。

その「座るのがイヤだ!っぷり」を見かねてか、レジのおばさんが商品を全部レジ袋に入れてくれた。
それも別々のスーパーで2回連続で。
たしかにこんなに「座るのがイヤだ!」と主張されると、商品をサッカー台でレジ袋に入れるのも大変難しい。

とはいえ子連れ買い物キャリアも長いので、なんとか片手で「袋詰め」を済ませられないこともないし、一応自分は男なので大きい袋3つと10キロの米、なんていう買い物もできなくはないのだけれど、しかし大変なことは大変だ。
なぜか単に買い物するだけで大汗をかいてしまう。

まわりを見ると、どうもおとなしくカートに乗っている子どもばかりなような気がして、やっぱりうちのハルトは暴れん坊だなぁ…なんて思ったり、思わなかったり。


一時たりともじっとしていられない上に言葉の通じない1歳児。

これからさらに怪獣化して大変かも…なんて思うし、こうして文字にするとなんか大変そう。
でも不思議とそれほど頭にも来ないし、まあそんなもんでしょ、と考えていたりもする。

なんにしろ、こういうのも子育ての過程のひとつ。
ひとつひとつ味わって?いきたい。

Aruku
身体を動かすのが大好き!

育休取得と契約解除

昨年12月から今年5月下旬まで育児休業を取得し、仕事に復帰…というところで派遣先から一方的に契約解除を言い渡され、会社において仕事が無くなった。
そこで会社はすぐ取りかかれる仕事として「東京の仕事」を用意して単身赴任を命じ、それに応じられず退職した…というのがこれまでの流れ。


ずっと疑問だったのが、なぜ派遣先から復帰直前になって一方的に契約解除になったのか…ということだ。
理由は明らかにされておらず、納得のいく説明は無かった。

やはり育児休業を取得したから?
それとも今までの働きっぷりがダメだったから?

復帰する前提で話し合いをし、リモート端末や携帯電話の貸し出しを受けて持ち歩き、対応も行っていた。
定例打ち合わせにもたまに顔を出していた。
自分がいなくなることで予想される不具合はできるだけ回避しようと努力したし、それは評価してもらっていた、と少なくとも自分は感じてたのに。

当然派遣は継続になるという約束(口約束)だったし、自分も周りの人たちも、誰もがそう思っていた。
それなのになぜ?


ところが今月になって、一緒に仕事をしていた人たちから詳しい話を聞くことができ、ようやくその全貌が明らかになってきた。

それは派遣先の社内的な要因で、事業部門の解体が行われ、そもそも派遣先自体が無くなってしまった…という話。

まず責任者は退職。一緒に同じように派遣されていた人たちは全員契約解除。
あの思い出多き「開発部屋」も無くなり、そこにいた社員たちは全員他部門に異動。

それが行われるのがこの夏だった…という話。
この話は当然非公開で準備されてきたことだから、今まで誰も知らず、ふたをあけてみればそういう理由であのタイミングで唐突に「継続ナシ」と宣告された、というわけ。


そう、実は育休とも働きっぷりとも全然関係なかった。

仮に予定通り前の派遣先に復帰したとしても、先月末くらいで契約解除。
そうなると、やっぱり同じように「東京に単身赴任」と言われたに違いない。

もともと単身赴任や転勤の話はいつでもあり得る話だから、育児休業を取っても取らなくても、結局どちらにしても結果は同じだった。

そうかー。

やっぱり男で育児休業を取るなんて社会的に許されることではなく、それによって結果的に職を失い、後の人たちに「やっぱりダメなんだ…」と思われるのが一番くやしいことだし、それがこの育児休業を通して最も残念な点だと、ずっと感じていた。

でも、育休と契約解除に因果関係がないのであれば、それは単に派遣サラリーマンの宿命だと言うことができる。

育休を取っても取らなくても、結局は東京、か。
それじゃ結局はどっちにしてもこの夏には退職だったな…。

それがわかって、なぜかホッとした自分がいる。
だからどう、というわけではないのだけれど。

2006.08.15

1歳児とキャンプ

ちょっと前の話に戻るけれど、先週、ハルトを連れて初めてのキャンプに出かけた。
行き先は然別湖北岸の野営場。

然別湖は2軒のホテルがあるだけで、あとはなにもない静かな自然湖。
夏の間だけ行くことができる野営場は、その2軒のホテルからもかなり離れた奥地にあるキャンプ場で、いつもとても静かで大好きな場所だ。

この野営場自体には時々来ていて、湖の風景を眺めたり、静かな時間を過ごしたりしているけれど、いつも日帰り。ここでキャンプをするのは今日が初めてだ。

森に囲まれた野営場は、設備が整っているとはお世辞にも言えず、まさに「野営」といった趣。
利用料はひとり250円なのだけど、その値段相応の設備だと言えなくもない。

早速テントを広げて設営…と思ったけれど、そこで問題発生。
ハルトが歩き回って、いろいろなものに興味津々。
夫婦ふたりのうち、ひとりがずっと見ていなくてはならないので、テントをひとりで組み立てなければならない。大人数用の大きいテントなので、ひとりで組み立てるのに非常に難儀してしまった。
(時々アウトドア派と誤解されるけれど、実際は超初心者なのです)

さらに待ち合わせをしていたのだけれど、携帯電話が圏外で待ち合わせに難儀。
公衆電話くらいはあるだろう…と思っていたら、電話どころか電気すらない。

炭火を起こして焼肉…と思ったけれど、照明が懐中電灯くらいしか無く真っ暗な上に、やはりひとりはハルトを見ていなければならず、楽しく家族でバーベキューという感じではなかった…。
夜にはビール片手に盛り上がっているライダーのおじさんたちがいたりもして、ちょっとやかましかった、なんてこともあった。


でも。
家族3人で寝袋に入り、ふと深夜に起きて耳を澄ますと鹿の鳴き声。
そしてシマフクロウの鳴き声だろうか。不思議な動物の声が響きわたっている。

夜中にテントを抜け出し、湖を見に行くと、月の明かりと湖面に映る月と星。
(少し前の写真がコレです)

道から空を見上げれば、木々のシルエットが月明かりに照らされた夜空に浮かび上がって幻想的で、自分はこの場所で過ごす夜がとても好きになった。

とはいえ、ハルトはまだキャンプが楽しめるという年齢ではなく、やっぱりまだ早いという印象。
もうちょっと大きくなったら、家族一緒にまた来ような。

Shikari
朝の野営場から見た然別湖。
真っ青な空とさわやかな空気が気持ちいい~!

Camp
こんな感じのところでした。

2006.08.14

ハッピーライフ

先日、ブログを通じて友人になった夫婦が札幌から遊びに来てくれた。

わずか1泊だけだったけれど、好きな十勝のポイントを案内して、ハルトのことやブログのこと、いままで生きてきたこと、これからどう生きていきたいか、なんてことを気楽に話して過ごした。

会うのは初めてだったけれど、1年以上も前からブログでメッセージをやりとりしていて、なんとなく価値観が似ている、と感じることが多く、やっぱり会ってみてもその通りで、とても楽しいひととき。


さて。
自分は今、育児と家事に専念しているけれど、もっと長期的視野に立った今後の人生について、仕事と人生をどう関わらせていくか…ということをこのごろよく考えている。

仕事と人生の関わり合い。
自分にはやっぱりまだ迷いがあって、家族と過ごす時間を大切にしたい…と願っている一方で、やはり仕事に報酬以外のものを求めている面もある。捨てたいような、捨てがたいような、そんないろいろなもの。
今だって「自分の仕事は家事と育児。それをしっかりやる」と誰に対しても胸を張って言えるだろうか…と疑問に感じることもないわけではない。


そんななかやってきた新婚のふたり。
ふたりはこの「仕事と人生の関わり合い」というテーマについて、ちゃんと言葉にできる明確な考えがあり、それをきちんと他人に説明できて、実際にその通りに行動していて、そしてふたりでしっかりと価値観を一致させて日々生きている。
それがとても印象的で、また新鮮だった。

家族全体で見たときの「幸せポイント」はいったいどのあたりにあるのだろう。
自分が死ぬときに、いったいどんな人生だったら満足だろう。
…そんなことを考えてみたりしている。

迷ったり悩んだり、そんなことばかりだけど、今回彼らと一緒に時間を過ごして「答え」ではないけれど、ひとつの小さなヒントをもらった気がする。

きっと彼らはこのブログを見て、私たち家族に会ってみたい…という気持ちで来てくれたと思うのだけれど、何故か自分がそんな幸せの小さなヒントを受け取ることになった。
遠いところ来てくれて本当にありがとうございました。



今年になってからというもの、ブログを通じたこんな素敵な出会いがいっぱい。
彼らが帰っていった同じ日、いちど話をしてみたい…と思っていたものの姿を消してしまった昔の常連さんに某図書館でいきなり声をかけてもらったり、なんだか嬉しいことばかり。単純に「ブログ書いててよかったなー」、と感じています。
みなさん、改めていつもご覧いただき、本当にありがとうございます。

2006.08.09

暑い北海道

ここ数日の十勝は本当に暑い。
昨日の最高気温は34度くらいだったようだし、今日も家の外気温計は33度を差していた。
首都圏の暑さなどに比べると、いくらか湿気は少ないし、夜はそれほど暑くならないとはいえ、でもやはり暑いものは暑い。
家族全員どうも暑さには弱く、暑いとなにもする気がしないし、食欲もなくなるし、汗だくだし、あまりいいことがない…。

さて、数日前、京都から友人一家が旅行に来て、宿泊地である然別湖に会いに行った。

京都はとんでもない暑さらしい。
北海道はさぞかし涼しいだろう…と期待して来てくれたと思うのだけれど、本当に申し訳ないくらいの暑さ。

ほんの2週間くらい前は20度にも満たない最高気温で、もしかしてストーブに火を入れる?というくらいだったというのに…。

毎度おなじみのホテルのロビーで待ち合わせをして「ご無沙汰してます~」なんて挨拶をして、部屋に招き入れてもらった。

部屋の中に一歩入ると、そこには信じられないものが!!

それは扇風機…。

ホテルは鉄筋で8階建て。
そんなに新しくはないけど、それほど古くもない。
それなのにエアコンが付いていないだなんて、誰が想像できようか…。

彼らはなにも言ってなかったけれど、さぞかしびっくりしたに違いない。
いくら温泉がいいとかなんとか言っても、こんな暑い中、エアコンレスの部屋に一家で宿泊はさぞかしツライはず。

北海道と東京の違いを述べるとき「北海道の冬は外は寒いけど、家の中や公共施設の中は暖房装備が整っていて、東京よりよっぽど暖かい」という話をすることがある。
実はこの話と逆バージョンで、「東京の夏は外は暑いけど、家の中や公共施設の中は冷房装備が整っていて、北海道よりよっぽど涼しい」と言うことができるのかも。

このホテル、もう5~6回は泊まりに来ているけれど、いつも冬ばかりだったのでエアコンが無いなんて気付きもしなかった…。

こんなに暑いことは年に数日しかないし、稀といえば稀なのだけど、それにしても本当に申し訳ない気持ち。

道産子たちは暑いのが好きらしく「汗をかきまくる暑い夏がいいのさ!!」なんてよく聞くけど、自分はそんな気持ちになれそうもない。

早く涼しくならないかなぁ。

2006.08.08

月夜の湖

静まりかえったテントサイトを抜けて、湖畔に立った。

まるで鏡のように静かな湖面。
見上げると月がぽっかりと浮かんでいて、湖面にその姿が映っている。
よく見ると、星すらも湖面に映っている。

遠くから鳥の声が聞こえる。
三脚を立てて、そっとシャッターを切った。

Moon

午後11時。然別湖北岸の野営場にて。

2006.08.04

子どもの成長

1歳児のハルトとふたり、ちょっと遠くまでドライブに出かけた。
いつもは後部座席でひとり座っているハルトだけど、今日は助手席にチャイルドシートを固定し、助手席が彼の席。

不思議そうな顔で前を見て、ふと運転席の自分のほうに手を伸ばす。
なーに?と聞くと、運転している自分の左手をとり、小さな手できゅっと握りしめる。

子どもの手はちょっと温かくて、そしてやわらかい。
「ハルト、大きくなったなぁ」なんて声をかけてみる。

ハルトが生まれてすぐ、この子をきちんとした一人前の大人で育て上げる責任の大きさに不安すら感じたけれど、1年が過ぎ、夫婦で力を合わせて育てていくうちに、その不安は自信に変わっていった。
自分たちなら、きっと彼をきちんと育て上げられる。

それにしても、1歳2ヶ月になった息子に手を握られて感じる、この気持ちはいったいなんだろう。

朝から晩まで子どもの世話ばかりだけれど、このごろなぜか不思議な充足感に満たされることがある。

ハルトよ、我らの言葉が理解できるようになって、言葉で気持ちを伝えられるようになるのももうすぐだな。

子どもといろいろなものを見て、その不思議さを伝えたい。
人は信頼できる存在であること、そしてこの世に生まれたことのラッキーさを伝えたい。
ハルトはどんな大人になるのか。
そして、これからどんな人生が、どんな人たちが待っているのか。

「子どもの成長が楽しみ」なんて一言でよく言うけれど、ようやく最近その意味がちゃんとわかってきたような気がする。
子どもの成長を毎日目の当たりにし、家族でともに生きていくことに感謝しながら、今の日々を過ごしていきたい。

2006.08.02

アジと父

今日はスーパーでなかなか良さそうなアジを見かけたので、夕飯のおかずに買ってきた。
北海道ではアジってとれないのか、あまりよく見る魚ではないのだけど、たまにはお刺身にでもしてみよう。

頭を落として内臓を取っていると、アジの血のにおいがしてくる。
ああ、アジの血のにおい....。

…このにおいを嗅ぐと、実家のちょっと暗い台所と、そこに立って料理をしている自分の父親の背中を思い出す。

自分の育った鎌倉の家は、よくアジのお刺身を作っていた。
それを作るのは、どういうわけか、いつも父親の役目。
平日休日を問わず、「アジをさばく」といえば父。

とんとん叩いてタタキにしていたり、上手に飾り付けて刺身にしていたり。
それをお醤油につけて食べるのが、3人の子どもたちの大好物。
「骨残っているかもしれないから気をつけろよ~」が父の口癖だった。

…そうそう、父もこうやって中骨を骨抜きを使って取っていたっけ。
少しつみれにでもしてハルトにあげようと思い、自分もていねいに中骨を取る。
とはいえ、骨はとても小さくて、なかなか全部完璧にとるのは難しい。

父は「気をつけろよ」なんて言っても、実際には残っていることなんて一度もなかったなー。

当時はそれが当たり前で、なんにも考えなかったけれど、いま思えばただそれだけのことを実現するにも結構難しいことだということがよくわかる。
結局、すべての骨がちゃんと取れている自信がなくて、ハルトにあげるのは止めにした。

ご飯を食べていると、あんなに洗ったのにやっぱり右手に血のにおいが残っていて、やっぱり手のにおいを気にしている父の姿がまたよみがえってくる。


先週、母がこっちに来ていて、ハルトと遊んで満足そうに帰っていった。
母からはメールも来るし、電話で話すこともあるけれど、父はそういうのが苦手なので、最近はハルトの近況を報告してもいない。

8月のお盆は暑い本州に帰るつもりは無いのだけど、少し涼しくなってきたら、ハルトを見せに帰ろうかな。
自分の作ったちょっと不細工なお刺身を食べながら、そんなことを考えた。

2006.08.01

ほたるのひかり

今日は妻の仕事がちょっと早めに終わったので、前々から行きたくてチェックしていたところに行ってみた。
それは士幌町にある朝陽公園というところ。ここはこの時期、ホタルが飛び交っていているという。
国道241号線から右手に入り、ずっーと行ったところにある。

日がしっかり沈み、もう夜の時間になったころ会場に着いた。
受付があって名前を書くと、ホタル観賞用の赤い光の懐中電灯を受け取る。

暗闇のなか進むと…ああっ、いた。

茂みの中や小さなの川のところに、ホタルがふわふわと淡い光を放って舞っている。
温度のない不思議なひかりはとても暗いけれど、音もなく静かに瞬いていて、とても幻想的で不思議な風景だ。

ふわふわ…と飛んで、葉っぱの下に留まって、ゆっくりと点滅するホタル。
それはこんな小さな自然が織りなす、音のない小さな光のショータイム。

ホタルの光って本当に温度がない、という感じの、LEDのような不思議な光。
とても暗いのだけど、たしかに虫たちが光を使って会話をしている。

数にしたら数十匹といったところで、あたり一面ホタル…というわけではないけれど、でもとてもきれい。
ハルトも不思議そうな顔をして(暗いからわからないけどたぶん)小さな光の点滅を見つめている。

平日だというのに子連れなどで見に来ている人たちも結構いて、みんなとても嬉しそうだ。
ここは地域の人たちがこつこつと環境を整えて、大切に育ててきた場所だそう。

十数年前、実家の鎌倉の家に近くにやっぱりホタルが飛ぶ場所があった。
毎年この時期を楽しみにしていたことや、ヤブの中をワクワクしながら降りていったときの地面の感触なんかを思い出してしまった。

こういうものって不思議と癒し効果があって、暗い光の点滅をみているだけで、なんだか落ち着くような気がする。
来年もまた来よう。


あと何日かは見られるようなので、帯広近辺に住んでいる方はぜひ行ってみてください。
場所は地図になくてよくわからないのだけど、241号線「ピア21しほろ」を過ぎて右手を注目していると小さな看板が設置されていました。時間は日没から21時くらいまでが見頃だそうです。

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ハルト

  • 20060/04/21
    2005年5月に生まれた長男「ハルト」の写真です

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