カテゴリー「建築家と建てた「四つ葉屋根の家」」の37件の記事

2009.05.17

佐藤さんの残したもの

それはそれはながいながい夜でした。


2009年5月13日に亡くなった佐藤さん。
14日にお通夜があり、佐藤さんととても親しかった自分は、親族から勧められて、お通夜の夜、朝まで…正確には告別式が始まるまで佐藤さんと最後のお別れをすることができました。

深夜になっても、空が少しずつ赤くなってきても、まぶしすぎる太陽が昇ってきても、小学生の登校風景が葬儀会場の大きな窓から見える時間になっても、話が尽きないのは佐藤さんの思い出話。
佐藤さんの奥さんと3人の子ども達、佐藤さんの兄弟、そして眠っている佐藤さん。

…もう佐藤さんと過ごせる夜はこれで最後だもんね。


小さい頃のことを聞かせてくれた、佐藤さんの兄弟。
戦後すぐに生まれ、リアカーをひいて苦労した子ども時代。
信じられないくらい小さい家に兄弟ひしめき合って過ごしたころ。


お父さんはね…と話を聞かせてくれた奥さん。
新卒で開発局に勤め、設計を担当。
建物の設計の面白さに目覚め、以来設計の道を歩むことに。

いちばん面白いのは、なんといっても人の住む家。
自分はその家族にあわせたひとつひとつの家、いつか一戸建ての設計をしたい。そんな夢をもって邁進した20代30代。

独立して設計の仕事をしたこともあったけれど、それはやっぱり設計だけの仕事で、そうではなく建て主と語り合う部分もやりたい…家造りの最初から最後まで取り組みたい…それには施工管理、つまり工務店をやってみたい…
そう考えて、建築会社に入り直してがむしゃらに働いた時代。

そして信じ続けて夢を持ち続けて、20年かけて、17年前ようやく実現した夢。
それが工務店として独立すること。
それこそがまさに経営していた「ホームテクト佐藤」そのもの。


人生にとって家とはこうあるべきだ、という「家族の家」への熱い想い、哲学。
地産地消への半端ないこだわり。地元材であるカラマツへの愛着。

技術的な問題がひとつひとつ解決していき、カラマツでようやく家を建てられる目処がつき、そして建てた実験的な住宅…それがまさに我が家「四つ葉屋根の家」。

十勝の工務店では異色の存在であり、カラマツ住宅の先駆者であり、このところはようやく会社の業績も順調になっていき、やっと佐藤さんが夢見ていたものが形になってきた。

その矢先の病気…。


次男夫婦とは、次男夫婦と我ら夫婦、それに佐藤さんと一緒に家を建てたとき、それからみんなで一緒に旅行に行ったときのエピソードの数々。


本州に行ったとき。
フェリーは朝6時半出航、ホテルのロビーに6時集合って言ったのにオヤジ起きちゃいねー!
そして乗り場に行くと、なんとフェリーなんて影も形もない!あれー?オレ勘違いしてたかなー?と言う佐藤さんに唖然として大笑いしたこと。


フクロウが大好きだったこと。
輓馬が好きで、テレビのインタビューをうけて大喜びしていた顔。

沖縄が好きだったこと。お酒が大好きだったこと。
30年前に禁煙に成功して、それがいつも自慢で、タバコはやめとけよー、といつも言っていたこと。
うちの家の完成記念パーティでの嬉しそうな顔。

動物が好きだったこと。
15年30万キロ愛着を持って乗っていたボロボロのダットサン。
嫁さんが「おとうさん」って呼んでくれたときのうれしそうな様子。


意外と表現下手なところもあった。
次男夫婦に築地の寿司屋に連れて行ってもらって、そんなに喜んでいるふうでは無かったなー、と次男夫婦は言っていたけど、本当はものすごく喜んでいて、その寿司がどれだけおいしかったか、それはそれは楽しそうに嬉しそうに我ら夫婦に言っていたときの顔…


神もほとけも信じないからさー!オレ死んだら、ただのモノだから!…なんて死生観も言っていたよなー。

こうして葬儀の場で佐藤さんの横でみんなで話をしているところを見たら、なんて言うかな…こんなバカなことして!お経の意味なんかわからんよ!ってやっぱり笑っているんだろうなー


おいしい焼き肉屋あるんだけど、今から一緒に行かない?って誘われて愛車のオデッセイに乗せてもらったら、それは北見だったこと。


仕事に打ち込む姿とは裏腹に、少年のような無邪気なこころも持っていて、食玩の飛行機をコレクションしていたり。
そば打ちにはまっていた時期もあり、いつもそばをごちそうになっていた。

古いものが好きで、一緒にクラシックカーのお祭りに行ったり。
家の中は古い壁時計でいっぱい。

変なモノが大好きで、ランダムに動いて掃除してくれる妙な機械を買ってきて「これ使いなー」とかくれたり…

それでいて意外と飽きっぽいところがあり、そのときどきで夢中になっているものが違ったり。


佐藤さんは正直なものが大好きで。
自然や緑が好きで。リビングはジャングルみたいだった。
清水町の旭山に掘っ立て小屋を建てて、そこで自給自足しながら老後を送る…そんな夢を語っていたこともあった。

そういえばオレ死んだらカラマツの棺桶に入るんだー、なんて言ってたなー。
残念ながら実現はできなかったけれど…。


火葬場で次男が、
「そういえばじいちゃんの葬式のとき、オヤジここで喪服の上着を振り回していて、なにしているのかと思ったら、クワガタつかまえていたんだ…自分の父親の葬式で喪主なのに…」なんて笑っていたけど、本当にそういう感じの人だった。


自分たち夫婦もまた、佐藤さんとは本当に親しくしてもらっていて。
用もないのに頻繁に家に出入りして、本当に実家みたい。

このブログも楽しみにしてくれていて、「さとちゃん」と書かれたこのブログのとぼけたいくつかのコメント。
オーナーズクラブを設立したり、ウェブサイトを作ったり。

豊似湖という人知れぬ山奥の湖を一緒に歩いてみたり、一緒に旅行に行った事もなんどもあるし、一緒に食事した回数なんか数え切れない。

根っこの部分に流れる、人へのやさしさ。
家が好き、家づくりが大好きな気持ち。郷土への愛情。


家族、なかでももうすぐ成人式を迎える娘ちゃんのことを誰よりも大事にしていて、いつも気にかけていて、高校決まったよー、とか、旭川での様子をよく話してくれた。


我らに子どもができたときはとっても喜んでくれて。
子どもが大好きで、いつも子ども達と遊んでくれた。自称、ハルトのじいちゃん。

でも「やめて」と言っているのに、いつも赤ちゃんのハルトに六花亭のお菓子をあげていたなー。ハルトが生まれて初めてケーキを口にしたのも佐藤さんちでだったなー。


ハルトの言葉が遅いのをずっと気にかけてくれていて。
ハルトに「さとちゃん」って呼ばれるのがすごく嬉しくて。
もちろんハルトもさとちゃんのことがとても大好きで、今日はさとちゃんち行かないの?なんてよく言っていた…。

住宅公開のときにハルトにチョコレートをあげていて、チョコでベタベタの手で新築の家を触ったら困るから妻が「クルマで食べなさい」と注意していたら
「おまえのかーちゃんうるせーなー」なんて笑っていた事もあった。


お互い頻繁に電話していて、うちの電話の通話の大半は佐藤さんとの受発信だった。
「いまさー、道路ですれ違ったっしょ?どこいくの?」
なんて電話が何度かかってきたことか…。


私たち夫婦のこともものすごく可愛がってくれて、間違った事をしようとすると「それは違うんじゃない?」と叱ってくれたり。

佐藤さんを通して知り合いになった、たくさんの人たち。

人として大切なものをたくさん持っていた佐藤さん。

私たち家族は佐藤さんのことが本当に大好きでした。
誰よりも頼りにしていました。
佐藤さんが残していったものは大きくて、そして力強い。

価値観がすごく似ていて、不思議にわかりあえる部分が多くて、佐藤さんは「十勝の親代わり」っていつも言ってくれていて。
それは本当なんだけど、でも今思えば、それ以上に大切な友人だったんだな…


いつまで経っても思い出は尽きる事がなく、線香をあげながら、佐藤さんと過ごしたながいながい夜も終わり…


尽きない佐藤さんのエピソードを語り合ってみんなでいっぱい笑って、そして人間はこんなに泣けるのか!?と思うほどずっとずっと泣きました。
佐藤さんと最後のお別れができて本当に良かった。


…とはいえ、こんなふうにいろいろ書いても、ひんやりした顔の感触を思い出しても、火葬場の煙突を思い出しても、それでもまだやっぱりなんか夢を見ているみたい。

アスパラ食べる?いまから行ってもいいか?っていますぐにでもまた携帯がなる気がする。
葬式の準備のときも「ねえ、今日葬式なんだけどお金いくらつつめばいいんだっけ?」って電話しそうになっちゃった。



携帯電話の着信履歴、佐藤さんと最後に話したのは4月28日の昼前。

…オレ抗ガン剤で足弱っちゃてさー、ハルトの木馬、あれでリハビリしたらどうかなー?
えー?あんなのサトーさんには小さすぎますからーアハハ
そうかなあ?いいと思うんだけどなー

…今思えば、佐藤さんはハルトと夏樹に会いたかったのかもしれないなー。

病室も知っていたのに、抗ガン剤の影響で抵抗力が極端に落ちているから、子どもを合わせるのは良くない…という判断をしていて、あえて会いにいかなくて。ごめんなさい。

ガンはやっつけたから退院したら一緒に鎌倉に行こうぜ、なんて話もしていたし、まだまだこれからやることを計画していた佐藤さん。
本当にどこまでも前向きな人でした。



最後に佐藤さん。
私たち家族に、人生のステージを作ってくれた佐藤さん。

もう電話はかかってこないけれど、これからも私たち家族のことをどこかで笑いながら見守っていてください。

私たち家族はあなたと一緒に時間を過ごせて、家づくりを一緒にできて、子どもの成長を一緒に見守ってもらえて、そしてあなたと友達になれて、とても幸せでした。本当に幸せでした。

どうもありがとう。

佐藤さん

佐藤さんって身近すぎて意外と写真がない…
でもそのなかから生前の様子をご紹介。

Sa1
住宅公開で夢中で夏樹と遊ぶ佐藤さん。
あのー、お客さん接客しなくていいのかなー?(笑)

Sa2
どこかの牧場に一緒に遊びにいったとき。ウマが好きでした。

Sa3
網走湖に一緒にワカサギつりに行ったとき。
いっぱい釣れて大喜び~

Sa4
我が家の完成記念パーティで、ひつじのシュウパウロを作ってご満悦の佐藤さん。
十勝産ひつじを手に入れるのは難しかったみたいだけど、美味しかった!

Sa6
うちの実両親と佐藤さん夫婦。
実両親とも何度か焼き肉したりしてました。
一緒に鎌倉行きたかったなー。

Sa5
オーナーズクラブの焼き肉パーティにて。
オーナーズクラブの名ばかり代表だったけど、佐藤さんがいなくなってもまたやりたいなー

Sat
そして最後は、お風呂に入っているコレ。
誰に聞いてもこの写真がいちばん佐藤さんらしくて。
お葬式でもこの写真が紹介されていました。

2009.05.14

お知らせ

我が家を建ててくれたホームテクト佐藤の社長、佐藤正幸氏が亡くなりました。

このブログでも建築家としてたひたび紹介している佐藤さん。

我が家は佐藤さんと個人的にとても親しくしていて、用もないのに頻繁に遊びに行ったり、孫がいないからかハルトと夏樹をまるで孫のように可愛がって貰ったり…。

一緒に旅行に行った事も何度もあるし、単なる工務店の社長と建て主というつきあいを遙かに超えて、まさに家族のような仲でした。

つい先々週、電話で話したばかりだったのに…まだ62歳の若さなのに…微熱が続くんだよね、なんて言っていたのは昨年末だったのに…

本当に残念です。

通夜は帯広のベルコセレモニーホールで本日14日19時から。
明日15日午前10時から告別式。

このブログを通じて問い合わせをしてくれた方も多数居て、なかには実際に家を建てた方もいるし、佐藤さんとやりとりがあった方も多くいるはずなので念のためお知らせしておきます。

2007.11.27

薪ストーブと薪

今年もまた薪ストーブの季節がやってきた。
2003年に家を新築して、この家のなにが一番いいか、と聞かれたらやっぱり一番に挙げたいのはこの薪ストーブだ。

その重量感や存在感もいいし、火を付けてゆらゆらと薪が燃えていくのを見るのもいいし、木の燃える匂い、ぱちぱちとはぜる音、じんわりとしたあたたかさなど、最近家を建てた人で薪ストーブを設置しなかった人には「なんで薪ストーブを設置しなかったのか」と小一時間追求したいほどだ(笑)

Stove1
ストーブって置いてあるだけでちょっとカッコイイ…この写真は新築時のもので、現状とはかなり異なります(笑)

朝一番に起きて、少しひんやりしたリビングで焚き付けを組んで火を付ける。
火がついて、ゆらゆらと燃えるのを確認したら次第に大きな薪を入れていき、触媒と吸気のレバーを操作しながら火をあやつっていき、薪の燃えるパチパチという音とともに次第に部屋が暖かくく過程は、まさに癒しと言えるような気がする。

やり方にもよるけど、今とても高価な石油を燃やすよりも経済的だし、この手のストーブは触媒で2次燃焼3次燃焼させることでとても高効率で排気はクリーン、もちろんカーボンニュートラルでエコでもあって、いいことづくめだ。

さて、そんな薪ストーブだけど、燃料はもちろん薪。
もちろん木の種類や乾燥状態により、燃えるときの温度や火の持ち、それにヤニの量などは全然違うのだけど、でも基本的には木であればなんでも大丈夫だ。

そこで今まで主力燃料として使っていたのは、この家を建てた際に出た建築廃材。
人工乾燥をかけてあるので乾燥状態はばっちりだし、無垢のカラマツなのでわりと薪ストーブの燃料には適している感じだ。

ところが4年目になっていよいよ廃材が残り少なくなってきて、さあどうしよう?と思っていたのがこの秋。2007年冬のぶんはなんとかなりそうだけど、2008年冬のぶんはもう無い。

薪の調達には、森林組合から原木を買う、林産家のところに行って原木を分けてもらう、新築現場に行って廃材をもらってくる、などいろいろ方法があるけれど、どれも結構手間がかかる。

原木の場合はそれをチェーンソーで適当な長さに切り、それを薪割りし、さらに1年近く乾燥させなければ薪として使えない。

エンジンチェーンソーはないし、エンジンチェーンソーを買うのは簡単だけど使いこなす自信はあんまり無い。薪割りもかなり重労働。木を運ぶ軽トラも無い。

そして一番の問題はそれをやる時間がまったくない。
今は朝から晩まで子どもらの世話と家事で手一杯で、自分のことができる可能性がある時間は、一日のなかで朝のほんのわずかの時間だけ。もちろんシュフ業には休日もないし、かといってチェーンソーや斧を子どもと遊びながらやるのは危険な感じがする。

…と少し困っていたら、池田町に住む知り合いからメールが来て「薪の配達をはじめたのでどうですか?」とのこと。
そりゃ助かる…ということで、自宅におじゃまして話を聞いたのが先日。
今日はその薪を持ってきてくれた。

Stove3

4トントラックで持ってきてくれたのは、1.2立米の楢(ナラ)の薪。
すべて30センチの長さに切りそろえてあって、もちろん乾燥もばっちりで、すぐに薪として使える素晴らしいモノだ。広葉樹、なかでも楢は薪としては最高で、火の持ちも良いし、燃焼時間も長いし、建築廃材とは大違いだ。

田舎暮らしにおいて、薪は基本的に自分で作るモノであり、出来上がっている薪を買うなんて邪道な感じもするけど、でも我が家はとても助かったし、いつでも連絡すれば大丈夫、という安心感もある。

Stove2

なんにしろこれで今年の薪はバッチリ。
今年もまた薪ストーブが楽しめて、とても嬉しい我が家だ。

2006.08.18

家に真剣に取り組む

先日、我が家を設計した工務店社長氏がうちと同じような家を建てたい…というIさんを連れてやってきた。

「うちはモデルルームじゃないし…」と当初はちょっと思っていたけれど、Iさんが語る地元の素材で家を建てたい、という話や、家族のあり方を考えたとき、自分たちはこんな家が欲しい、という話についつい引き込まれ、なかなか楽しい時間だった。

そのなかで、うちの家を設計し、建てた社長が言ったこと。

「家造りは真剣に取り組まなければいけない」

家はその人の人生の舞台であるし、人の価値観や生き様を形に表したもの、そしてその家族の顔だから、その人、その家族の生き方や「どう年齢を重ねていきたいか」ということをしっかりと見つめ、それを反映したものでなければならない。

だから当然、家は100軒建てたら100軒とも違うモノになるのは当たり前で、それが自分の仕事だと思っている。だから施主に対してもいい加減な気持ちで家を建てないよう、大きな部分から細かい部分まで、きちんと詰めることをいつも注意している…という話。

…なるほど。
そんな考えで家の設計を行っていた、なんて話は初耳だ。

でもやっぱり思い返してみれば、「これでもかっ」と打ち合わせを重ねたり、同じ本をたくさん読んだり、一緒に講演を聞きに行ったり、さらには一緒に旅行して建築家や林業家を訪ねたり…という「意識合わせ」の部分、そしていろいろな要素を検討しあう「話し合い」に、ずいぶんと時間を使ったのがこの人との家造りだった。

手間と時間ばっかりかかり、工務店経営的に見て上手な家造りとは違うなー、といつも感じていたけれど、そんなポリシーがあったとは。


この家は建って3年経ったけれど、いまでもこの家が大好き。
それはやっぱり自分は家造りに真剣に取り組んで、十分考え抜いたものだし、当時として自分たちが導き出した一番良い「自分たちにあったもの」だと思えるから。
自分たち家族の顔です…と自信を持って言える。

そう考えると、「家造りは真剣に取り組まなければいけない」というのは正しい考え方なんだろうな。

うちはもう次の家造りがあるのかないのか、たぶん無いとは思うけれど「家は真剣に建てないといけない」という言葉は頭の隅に置いておき、これからうちを見に来る人に伝えていきたいと思う。

2006.05.15

オーナーズクラブ設立の理由

私たちの自宅「四つ葉屋根の家」を建てたのは、幕別町にある小さな工務店。

彼の設計する木の家の空間デザインや、地産地消のコンセプト、住まいと生活はこうあるべき…という価値観のようなものがとても好きで、彼の設計した家を建てて住んでとても満足しているし、依頼して本当によかった…と思っている。言ってみれば彼のファンでもある。

また彼ら一家とはとても親しくしていて、一緒に旅行に行ったこともあるし、「新しい家出来たんだけど見に来ない?」と電話がかかってきて、家を見に行くことも多い。
だからここ数年の間に建った、彼の設計した住宅はほとんど見て知っているし、どの家もとても好きだ。

そうして新しい家を見に行くと、いつも顔を合わせるご夫婦なんかもいて、同じような家を好む人たちとは、家への価値観も近いはず…とはずっと考えていた。

そこで、そんな人たちで集まって「家ばなし」をしたり、新しい家をみんなで見に行って、「あーでもない、こーでもない」と言い合ったら楽しいのでは!?

ということで、工務店社長氏とも相談して、かねてからあたためていた「オーナーズクラブ」を設立することになった。
日曜日はその記念すべき1回目の会合。

自分が発起人になってなにか集まりを主催する…なんてことはほとんどなく、どうなることかと思ったけれど、20数人の「オーナー」たちが集まってくれて、和気あいあいと焼肉することができた。

世代も住んでいるところも職業もバラバラだけれど、基本的にはみんな自分の家や、同じような木の家が好きな人たちばかりで、話は大いに盛り上がった。

「四つ葉屋根の家」を見て、建築を決めた…なんて話も聞けたし、みんなで最近建った家に押しかけて、家中見せてもらったりと、とても楽しい時間だった。
いままで家は知っていたけれど、ああ、あの家はこんな人たちがこんなふうに住んでいるんだなー、アレはこういう理由だったのか…なんてこともいっぱい。

工務店社長氏も自分のファンばかり集まって、みんなに囲まれてとても嬉しそうだったのが印象的。

家を建ててからもう3年も経つというのに、やっぱり家つながりでこんなふうに人が集まったりするのも、なんかいいなーと思った、そんな会合。やっぱり家には思い入れがいっぱいあるほうが楽しい。
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#いま書店で売っている「田舎暮らしの本」という雑誌に、私たちと「四つ葉屋根の家」話が4ページほど載っています。
このブログの内容に比べて新事実?が書かれているわけではないし、写真はこちらから提供したものなので見たことあるモノばかりだと思うのですが、どういうわけか顔写真がいっぱい掲載されていたり、名前が載っていたりするので、興味ある方は立ち読みしてみてください。

2006.03.13

引き出しベッド

2階にある3畳ほどの小上がりの下は、「ここ引き出しにならないかなあ?」という思いつきが形になって、奥行き1.8mはあろうかという巨大な引き出しになっている。

なかにはホットプレートとか、アイロンとアイロン台、奥には仕込み中の味噌なんかが入っているのだけれど、最近それに加えて新しい収納品が増えた。

それは赤ん坊(笑)

引き出しを少し出して毛布を置いてあげると、ちょうどいいベッドになる。
赤ん坊が昼寝のときは、自分が用事のある場所の近くで寝かせるのがいいのだけれど、1階の場合は寝室のベッドへ。
2階のリビングや台所に用事があるときは、この「引き出しベッド」で寝かせるのがいいみたい。

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↑引き出しベッドで寝るハルト。そうそう、ちょうど前回の立っている写真と同じ位置です。

2006.02.28

台所プチリフォーム

家が建ってしばらくしてから、台所の収納が微妙に足りなくなってきた。

理由はいくつかあるのだけれど、ゴミの分別が多くなってゴミ箱の数が増えたこと、家族が増えたこと…などが大きな理由。

ゴミ箱は食器棚となりの空きスペースに置いていたけれど、ちょっと見た感じキレイではない。

コーヒーを飲む習慣や、パンやピザを焼く習慣も新築当時はなく、それらに伴う食器や道具類の収納場所も欲しいところ。トースターとホームベーカリーの置き場所もない。

そこで、今置いている食器棚のとなりに新しく収納家具を置くことにした。

最初は家具屋さんを見たりもしたけれど、家の雰囲気とあっていて、かつサイズもあっているものなんてまったく無い。

DIYもいいけれど「安く作る」ことはできたとしても「美しく作る」となると無理。

そこで思い出したのが、家を建てるときに知り合いになった建具屋さんの職人Hさん。
彼に作ってもらおう。

工務店のオヤジさんが遊びに来たときに構想を相談し、ついでに台所の空間を引き締める意味合いも兼ねて、収納家具の設置とともに壁を一部新設することにした。

というわけで、以下の作業を依頼。

・工務店のオヤジさん…全体のコーディネートと、塗り壁を塗る。
・大工さん…柱を新しく建てて、壁をつくる。
・電気設備屋さん…スイッチの移設とコンセントの増設、それに照明の配線の見直し。
・建具屋さん…収納家具の制作。

収納家具のデザインとサイズは私たちが考えてラフスケッチにし、打ち合わせの際に建具屋さんに渡した。

そして先日、建具屋さんが作っていた家具ができあがり、据え付け終了。

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↑できあがったのがコレ。

左側の幅40センチくらいの、スイッチとインターホンが付いている壁が今回新しく作った部分。

ここだけ新しいので、カラマツの木が他のところより少し白い。

冷蔵庫と並んだ、炊飯器と電子レンジがのっている棚が前からあった食器棚。

そして、その間の部分が今回作ってもらった作りつけの収納。
下の取っ手の部分は手前に引くと2つのゴミ箱が入るようになっている。

食器棚と家の空間にデザインを合わせ、素材も食器棚と同じナラ材にしてもらったので、なんともいい感じ。

後から追加したとは思えないほど、うまくリビングの雰囲気にマッチしているし、もちろんホームベーカリーとトースターもちゃんと置けるし、下の部分にはゴミ箱がちゃんと入る。

予想よりもいいものができてとても満足。

見えるところにでていた、お茶っぱだの、赤ちゃんや犬のおやつだの、ごちゃごちゃしたものもみんな収納できた。

柱と壁を追加したのもほんの少しだけれど、以前よりも空間が引き締まってとてもいい感じ。


家づくりを通して得したこと。
それは、大工さんをはじめ、たくさんの職人さん達と知り合いになれ、こういうときはこの人にお願いすれば良い、ということがわかったことだ。

こんな感じでこれからもその時々の生活に合わせて、家を拡張したり、変えたり。

やっぱり家造りはおもしろい。

2006.01.19

カラマツの床

私たちの住まい「四つ葉屋根の家」は、リビングはもちろん、寝室、ロフト、トイレから台所、廊下に至るまで、すべて地元産カラマツの無垢の板を床にしている。

厚さ3センチの板を全面に張った床は、無塗装仕上げの自然な雰囲気がけっこう気に入っている。

カラマツの木は枝が多く、そのぶん節が多い。
だから床になってもやっぱり節が多い。

そしてカラマツは成長が早いので、そのぶん木がやわらかい。
だから赤ちゃんにも安心だし、転んでもそれほど痛くない、やさしい床だ。
赤ちゃんは床をなめたりすることもあるけれど、掃除さえちゃんとしておければ、床をなめても大丈夫。

じゅうたんのようなものを買おうかな?と思ったこともあったけれど、やっぱり木のこの雰囲気や風合いが好きなのでじゅうたんを敷くのはヤメにした。
同じ理由でワックスも塗らないし、もちろん色も塗らない。

犬がツメを立てたり、お皿を落としたりしてキズにもなるけれど、でもそれも自然な風合いとして受け入れることにしよう。
築2年半を経て、色が多少赤っぽくなってきて、それはそれでいい感じ。

無垢の木は少し縮んで隙間があくこともあるし、キズも付く。
それを克服するために合板でできたピカピカのフローリングが開発され、盛んに使われているというのに、やっぱり昔ながらのこんな木の床に惹かれてしまうのは何故だろう。

ここ十勝で太陽を浴びて、大きくなった木で家を建て、その素材に囲まれて家族は大きくなっていく。
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2006.01.13

家の点検とプチリフォームのオーダー

我が家は地元産カラマツを使って建てた家。
林に行って生きている木を見て、それを倒して乾燥し、大工さんが墨を付けて、のこぎりとノミとカンナを使って建てた家だ。

あくまでも地元産の木を、そのままの姿で使いたい…という希望を持っていたので、集成材に加工することもなく、いわゆる無垢のままで、そして柱が見える「真壁」という工法で建てた。

ところが無垢の木というのはやっぱり生き物だから、時にが経つにつれ、多少は反ったり、ねじれたり、やせたりするもの。(だからそれをいやがって、最近の家は柱には集成材を使うことが多い)

というわけで、今日は新築から2年半を経た我が家に、点検と数ミリ梁が痩せてしまったりしたところを直しに大工さんと工務店の社長がやってきた。

梁の痩せを指摘された箇所は「言われてみれば多少反っているかな?」という程度だけれど、少し補強を入れたりして修正。建て主である自分はよくわからないけれど、大工さんにとっては納得のいく状態になった様子。

そうだ、大工さんが来たついでにちょっと気になっているところをリフォームしてもらおう。

まずひとつめ。
台所まわりの収納が少し足りないのと、いつも見える状態になっているゴミ箱が気になるので、新たに40cmくらいの幅の壁を作って、その横に作りつけの収納をオーダー。
ゴミ箱はその収納庫の下段に隠れるようにしよう。

大工さんには柱と壁を作ってもらい、収納庫は建具屋さんの仕事。サイズを決めて、だいたいのデザインを決めてイラストを描いて「こんな感じに」と言えばそれでOK。壁についている照明のスイッチが使えなくなるので、ここは電気設備屋さんに言って移動かな。

ふたつめ。
2階のリビングから1階に降りる階段からハルトが落ちていかないように、階段に取り付ける可動式の柵のようなものも作ってもらおう。

柵については赤ちゃん用品店やホームセンターなどでも売っているけれど、あのプラスチックの質感や、ファンシーなデザインがどうしても受け入れられない…。

家に赤ちゃんがいると、どうしてもプラっぽいものやファンシーなものであふれてしまうけれど、木にとことんこだわった家に住んでいるのだから、そういうものはできるだけ排除して家の雰囲気にあったものが欲しい。

建具屋さんや大工さんにオーダーメードで依頼する…なんていうと、とても高そうだけれど、大工さんがそれを作る速度と、手間賃単価から想像する予想価格から言うと、既製品とそれほど違わない値段でできる…はず。(びっくりするほど高かったりしたら笑えるけど)

家はその住まい手や住み方、ライフスタイルによって、その姿はどんどん変わるべきだし、それができるのが「自分の家」のメリットだ。

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↑正面のライトのところに落下防止柵、右のスイッチのあるところにスイッチを移動して壁と作りつけの収納を作ります。

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ハルト

  • 20060/04/21
    2005年5月に生まれた長男「ハルト」の写真です

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