カテゴリー「兼業主夫の家族が増えるまで」の25件の記事

2005.06.09

退院しました

というわけで、ようやく妻と赤ちゃん(温人)ともに揃って退院。2週間にわたり、お世話になりました。
看護婦さんのお見送りを受け(ていねいな病院だ…)、初めてのチャイルドシートの扱いに四苦八苦しながらなんとか帰宅。
プレパパ・プレママなみなさん、チャイルドシートは車に装着しただけで安心しないで、どう赤ちゃんを乗せるか練習しておきましょう。


ようこそ、我が家へ。居心地はどう?
きっとこの家で、いろいろな「初めて」があって、たくさんの思い出とともに大きくなるはず。
そんな家族と過ごす時間をどうか大切にしてください。

初めての自宅…といいたいところだけど、実際はお腹のなかにいる間もずっとこの家に居たのだから、初めてではないよね。
犬が歓迎して吠える声にもそれほど驚かないのも、胎内にいたときの記憶が残っているからかも。

…そんなわけでようやく「赤ちゃんのいるくらし」のスタート。
妻からオムツの換え方と、ミルクについての手ほどきを受ける。
赤ちゃんの食事は母乳だけど、今のところ不足分については粉ミルクを足す感じ。


現在授乳の間隔は昼夜問わず3時間前後。
3時間おきに起きて泣くので、ミルクの調合をしつつ、煮沸消毒しつつ、授乳する…ということで妻はとても大変そうだ。
いまのところその都度、お湯を沸かして冷まして、調合して、飲ませて、残った分は捨てて、ほ乳瓶を洗って、煮沸して…とやっているけど、まとめて煮沸するなど、工夫してもう少し簡単にできないかが今後の課題。今のままじゃほとんど毎日徹夜みたいなもんだ。

赤ちゃんの体重はまだ2500gそこそこしかないので、飲む力もあまりなく、授乳にもとても時間がかかるみたい。
母親業も初心者、赤ちゃんも赤ちゃん初心者、授乳ひとつとっても初心者同士なかなかうまくいかなくて四苦八苦しているけれど、まあそのうち慣れることでしょう。
…あせらず、あわてず、あきらめず。
しばらくはバタバタするけれど、がんばりすぎないようにがんばりましょう。


赤ちゃんにおっぱいをやる妻。
はじめて妊娠検査薬のブルーの線を見て、夫婦で喜んだのが去年の10月。
それから一冬越えて、初夏の季節に温人は我が家にやってきた。
妊娠がわかったときは遙か先のことだと思ったけれど、でも振り返ればあっという間だった。

きっとこれからもっとあっという間に大きくなって、学校に行くようになって、「産んでくれなんて言った覚えはない!」なんて反抗したりして、そのうち彼女なんかできちゃって、そして結婚したりして、そんでもって温人もまた子どもを持ったりするのかな。

そんなことを妻と話していて、なんだか温かい気持ちになった。

-どんな人生を選ぼうと本人の自由だけど、でも、大事なものを見つけてそれを大切にできる、そんな人間になって欲しい…まだ赤ちゃんの彼の顔を見て、そんなことをちょっと思った。

2005.06.07

初めての立ち会い出産

妻は月曜日に再入院して、明日水曜日母子ともに退院の予定。
いよいよ明日は赤ちゃんが家にやってくるけど、それを前に忘れないうちに2週間前の立ち会い出産の様子を書いてみたい。
(長いです。スイマセン)

立ち会い出産、今回は妻が妊娠当初から「ぜひ立ち会って欲しい」と希望していたし、夫である自分もぜひ!と思っていたので、立ち会いにすることは当初から決めていた。

病院の方針としても「可能な限り立ち会いして欲しい」というスタンスで、実際、この病院では立ち会う夫婦のほうがずっと多いそうだ。


今回の出産は、夜23時半の破水から始まり、1時間後の深夜に入院した。

入院してすぐは陣痛もそれほどではなく、夜間入口から案内されたLDRでゆったり。
LDRというのは、1つの部屋で陣痛と分娩と回復ができる、というタイプの病室。


今回出産した病院にはLDRが5つあって、今回利用したのは「コスモスの間」と名付けられた部屋。

コスモスの写真が飾られたアットホームな内装で、ベット側に家族が待機できるソファやテーブルがあり、有線で音楽がかかっていたり、照明もホテルのようでなんだかとても優雅な気分。
調度品も木調で、医療器具は目に入らないようになっていて、ドラマにでてくる手術室のような部屋?を想像していた私たちには意外。
イメージ的にはホテルに泊まってて、そこに医療スタッフがお産しに来てくれる、って感じかも?

↓LDRのなかはこんな感じ。いざ出産!という時は前の自動ドアがガバっと開いて、スタッフだの医療器具だのが登場。
LDR


前半は深夜から明け方にかけてだったので、ウトウトしたりトイレに行ったりとゆったり。
携帯電話利用も制限なしだったので、神奈川の家族にメールを書いたり、ブログに記事をいれたり、みなさんにいれていただいたコメントをベッドの上で読んだり。

妻もそれほど苦しそうでもなく、ベッドに横たわって抗生剤の点滴を受けているものの、話をしていると出産目前という緊張感はまるでない。
…さっきまで観劇に行ったり買い物していたりしていたわけだから当然か。

お産ってもっと大変な時間が延々と続くのかと思ったけれど、妻とおしゃべりをしたり、陣痛の間隔を「ハイ痛い」「ハイ収まった」なんて言って「150秒、2分半ってとこだね」とか計ったり、助産師さんと雑談をしたりと和気あいあい。
その間も骨盤のレントゲンを撮って「素晴らしい骨盤だ!」と医師に太鼓判を押されて喜んだり。

かなりの時間は夫婦ふたりきりになるけれど、腹に胎児の心拍を計るモニターが付いていて、院内のあちこちでネットワーク経由でリアルタイムにモニターしていて、異常があるとアラームが鳴ってすぐに誰かが駆けつける…という仕組みだそうだ。(LDRと併せて院長ご自慢の設備みたい(笑))

朝になると診察があり、陣痛促進剤の使用について医師から説明を受けて同意書にサインしたり、バルーンの挿入の準備をしたりと、少しにぎやかになってきた。
(結局促進剤もバルーンも使用せず)


途中で食事があり「こんな状況でごはん?」と思いつつ、たしかに腹は減っていたのでふたりで食べる。

昼近くなって、だんだんと陣痛が厳しくなり、子宮もだいぶ開いてきた様子。
さっきまで冗談を言っていた妻も、苦しそうに痛がっている。
「ううーん」とうなっている妻の様子を見ているとちょっと心配。


お昼12時頃、内診。
助産師の「子宮全開です!」という言葉を合図に、妻を乗せたままベッドが変形して、そのまま分娩台に変身。
足を開いた例の出産ポーズに。
スタッフはなにやら準備に忙しそう。カチャカチャと道具を用意する金属音が緊張感を高めている。
妻はとても苦しそうだ。

辛くて呼吸が乱れそうになる妻に「ゆっくりフーだよ、フー!」なんて言いつつ、ふたりで息を合わせて呼吸。

その後、旦那さんはコレ着てください、と、給食当番みたいな格好に着替えるように言われ、一度室外へ。
着替えて戻ると、もうだいぶお産は進んでいる様子。

助産師に「ココを強く押して!」とおしりを押すように言われ、「やっぱ助産師さんのほうが上手だなぁ」なんて妻に言われつつ押したり、お茶を飲ませたり、手を握ったり。


…頭が出てきました!
おおっ、ホントだ。髪の毛が見えてる。妻も赤ちゃんもがんばれ~。

最後には白いへその緒に繋がったままスルっと出てきて、オギャー!と第一声。
…おおっ、元気な赤ちゃん!!誕生おめでとう!!そして妻も赤ちゃんもおつかれさま!
妻よ、あなた赤ちゃん産むのなかなか上手なんじゃない??(笑)


その後、胎盤がでてきて、医師と雑談などをしながら、後処理が進む。
このときに縫ってくれた医師は不妊治療の時に診察してくれたお医者さんで、妻が自分の指示どおりに痩せて、そして今日こうして出産を迎えたことがとても嬉しそうだったのがとても印象的。「不妊と肥満には大きな相関関係があるんだよ。僕の経験上、太っていて不妊の人は痩せればだいたい解決だね」なんて言っていた。

その間に赤ちゃんはキレイにしてもらって(?)、タオルにくるまれて私たちのもとにやってきた。
初めまして。私たちの赤ちゃん。
そっとさわってみると、ふにふにしていて壊れてしまいそう。
でもこんな小さいからだのどこからそんな声が?というくらいの泣き声を上げる元気な男の子だ。
そんな彼の様子を見て、夫婦で顔を合わせてなんだかホッとした気持ちに。

その後、妻はなぜかアロマテラピーを受け(院長の趣味らしい(笑))、おつかれさまシャーベットをもらって出産は無事に終了。


そんなわけで、初めての立ち会い出産、出産の一部始終を見て素直に感動できたし、なによりも妻と一緒に「子どもを産む」という大仕事を共有できて本当に良かった。
なんだか自分も力が入って汗だくになってしまい、「一緒に産んだ」って感じもする。
安産でしたね、ってみんなに言われたけれど、でもやっぱり妻は大変な思いをして子どもを産んだ、というのがとてもよく理解できたし、自分たちの子ども…という実感もしっかりわいた。

入院から出産まで12時間以上に渡ってずーっと妻と一緒にいて(母子手帳忘れて一度帰宅したけど)、陣痛がだんだんと強くなる様子、頭が出るところから、初めての産声、白いへその緒を引っ張って後産で胎盤が出てくるのも、へその緒を切るところも、ちょっと切れてしまったところを縫うのもずっと見ていたけれど、「へー、胎盤ってこんなのかい」とか「あんなふうに縫うとは!」なんて、なかなか新鮮な体験でした。


「立ち会いなんてグロいし見るもんじゃないよ」というようなことを言う夫たちもいるけれど、自分としてはそれほどグロいとも思わなかったし、2人目・3人目も(生まれれば)ぜひ立ち会いしたいし、立ち会うと思う。
自分は血が大丈夫な人だということもわかったし、妻を女性として見られなくなる…なんて話もたまに聞くけど、そんなこともない。
2人め以降は上の兄弟にも見せてあげたいなあ。(子どもには刺激が強いかな?)

そんなわけで、立ち会い出産、できるものなら、そして奥さんや自分が望むならけっこうオススメ!という話でした。


おまけ。
赤ちゃんが生まれる、ということで一応買っておいたビデオカメラがあって、ほとんどなにも撮っていなかったんだけど、出産直後に助産師さんが気を利かせて少し撮ってくれた。
後から思い出して見てみると、妻と赤ちゃんが初めて対面する様子や、父になった自分がいま生まれた赤ちゃんを見つめる様子、医師と赤ちゃんについて話している様子など、たった2分程度の短いビデオだけど、ちょっと感動的な内容。
大切なものになりました。助産師さん、ありがとう~。

2005.05.26

生まれました! 妊娠36週目(10ヶ月・臨月)

本日5月26日12時36分。

無事に男の子を出産しました。
体重2372グラム。36週6日めでした。

明日だったら正常産だったのに1日早くて早産扱い。
そして体重がちょっと少なめで、低体重出生児(2500グラム未満は一律らしい)となりました。

とはいえ、赤ちゃんはとても元気で、医師による出生時の元気度を表すなんとかスコア(?)も満点の10点判定。
週数が早かった以外、特に問題も見あたらず、保育器に入ることもなく、元気いっぱい。

出産の過程をずっと見守っていたけれど、頭がだんだん見え隠れして、その後、顔がなんとかでてくる。最初の色は紫というか白というか。ちょっとエイリアンっぽいぞ。
そしてその前に揃えられた手がコニョコニョって動いた瞬間、そして頭が全部でてきて、ふうっと息を吸って文字通りオギャー!と産声を上げた瞬間、あぁこいつは本当に自分たちの子どもで、そして今まさに自分で息をして生きようとしているんだな…と不思議に実感した。

人生が始まるその瞬間。
命がスタートするまさにその瞬間。
とても感動したし、今日、自分の子どもが生まれるその場に居合わせられて本当によかった。

旦那さんもどうぞ、と手渡された赤ちゃんは、なんだかふよふよで頼りないけれど、でもその小さな身体の体重で、今から親となる大きな責任を感じたし、いままで感じたことのない愛おしさも感じたし、そしてなんだか妙に背筋を伸ばしたくなるような不思議な気持ちにもなった。

ようこそ。ようこそ。
生まれてきてくれて、私たち夫婦を選んでくれて、本当にありがとう。
去年妊娠がわかってから、今日まで、あなたに会える日をずっと待ってた。

この世はおかしなところも多いけれど、でもでも楽しいこと、嬉しいこと、幸せなこともいっぱい。
…もしかして早くこの世を見てみたかったとか?(笑)

そして妻よ、本当におつかれさま!ふたりの子どもを産んでくれてありがとう!
そしてスタッフのみなさん、このブログにコメントを入れていただいたみなさん、どうもありがとうございました。

詳しくはまた後日書くとして、簡単な経過としては…

深夜23時半 破水
1時半 入院
8時半 診察。陣痛が弱いため、誘発分娩とすることを決定。
子宮を広げるバルーンの挿入と、陣痛誘発剤の使用に署名を求められサイン。
9時半 バルーン挿入の準備が整ったところでさあ挿入!としようとしたら、子宮口が4cm開いていることが判明。バルーンはいらなくなった。妻は「これが陣痛なのかなあ?」
10時半 それまで和やかな雰囲気で進めてきたお産だったが、陣痛が次第にきつくなって妻の顔から笑みが消える。この時点で陣痛誘発剤使用は無しに。
12時 陣痛ピーク。とても痛くて苦しそう。大汗をかいて、夫と一緒にフーーの呼吸。手をしっかり握ってがんばれ!!
12時すぎ 子宮全開(10cm)
12時半 とうとう頭が見え始める
12時36分 誕生!ちょっと小さめな身体だけど、大きな産声を上げる。

終わってみれば、陣痛も最後の2時間くらいが若干大変だった程度で、入院から出産まで12時間程度、全体としてはとても安産だったような気がする。
(深夜スタートで徹夜お産となった、という点ではたしかにちょっとしんどかったけれど)

出産直後の妻も元気で、「お産ってもっと大変かと思っていたよー」「このあとプールで泳げるくらい」とジョークを飛ばしていたほど。

本当は少し疲れたけれど、いまは一仕事終えた安堵感と不思議な充実感でいっぱい。
そうだ、早く名前を確定してあげなくちゃね。

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2005年5月26日。
今日は私たち家族にとって、特別な一日。
いつの日か、今日という日がどんな一日だったか、そんなことを話して聞かせてあげたい。

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このページを初めてご覧になった方へ

こんにちは!当ブログ作者の五十嵐豊です。

このページに来た、ということはそろそろ赤ちゃんが生まれそう…あるいはもう生まれた!ということですよね!?おめでとうございます!

この記事は今から7年前の記事で、ここで生まれた彼は今では小学生。
弟も2人産まれ、5人家族でとても楽しく毎日過ごしています。

この長男が生まれたのをきっかけに僕は子育てに目覚めました。
家事育児にこれでもかと取り組み、育児サークルの立ち上げ、パパの集まりの設立…

僕自身も国から「イクメンの星」という称号をもらったり、講演会、新聞コラム、テレビ出演など、子育ての情報を発信しています。

子育ては楽しいことも苦しいこともありますが、全体としてはとても幸せな仕事です。
どうか子育てがんばって、そして楽しんでくださいね!

そうそう。

子どもが生まれる家庭、特に新米パパ向けに「子育て&ママとの関係」を良くするための読み切りメルマガを発行しています。

僕が3人の子どもを育て、たくさんの夫婦を見てきて、子どもが生まれて幸せな家族になるためのコツが満載!すでに数百人の方に読んでいただき大好評です。

もちろん無料、読み切りなのでよかったらぜひ読んでみてください!
読み切りメルマガ「パパの笑顔がみんなの笑顔

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2012.11.22 いい夫婦の日に追記しました

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26日午前1時入院しました

ただいま、2005年5月26日木曜日午前2時です。リアルタイムレポート。

25日午後11時半、破水かな?という大量の水がでる。
26日午前1時、病院に到着。
…病院に着くまでの道のりの赤信号がもどかしい。

早速LDR(陣痛室と分娩室が一緒になった部屋)へ通される。
胎児の心拍モニターをつける。妻も子どもも元気のようだ。
診察の結果、破水であることが判明したので、そのまま入院となりました。

妻の様子はいまのところ元気で、いまのところ陣痛はわからない…という感じ。


…ところが、自宅に母子手帳を忘れてきたことが判明。
どうしても必要なのでとってきて!ということで、自宅までまた片道1時間の道のり(笑)
プレパパ・プレママのみなさん、入院時は母子手帳を忘れずに!

今後の経過としては、まず感染予防の抗生物質を打ち、その後午前9時ころまで自然に陣痛が来るか待つ。つまり様子見。

そして自然に陣痛がくればそのまま出産、つかなければ陣痛促進剤の出番…との説明。
うーん、できれば薬を使わずに自然に陣痛が来るといいのだけれど…。

なにしろ、いよいよだ。6月と言っていたけど今日明日には生まれるはず。

こんな時間なのに、運転も平気なのはやはり緊張しているのかも。

これからまた病院に向かいます。長丁場になりそうだ。

どうか。どうか母子ともに元気で。
妻もののおもがんばれ!!

2005.05.25

破水かも

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子供の産み方 妊娠36週目(10ヶ月・臨月)

臨月となった妻は毎週検診。
一昨日の妊婦定期検診では、子宮口が1cm開いてきたとのこと。
推定体重は2400gくらい。経過は順調で、心配なことはなにもないそうだ。
現在、36週5日め。
まだ6月17日の予定日までは少しあるけど、もうそろそろ出てきても大丈夫かな?


出産の手順は、ものすごくおおざっぱに書くとこんな感じのようだ。

1.陣痛が来る(おなかが痛くなる)
2.痛くなるのは定期的。だんだんと間隔が短くなる。
3.陣痛が10分間隔になったら、仕度をして病院に入院。破水した場合も入院。
4.だんだんと子宮が開いてくるので、直径10cm(全開)になるまでひたすらガマン。
5.場合によっては、子どもがでてくるところを麻酔してチョキンと切る。会陰切開というそうだ。(うぅ、とても痛そう…。しかし陣痛のほうがずっと痛いみたい)
6.がんばっていきんで子ども生まれる。産道は狭いから、頭蓋骨を微妙にずらしてでてくるらしい。肩がひっかかるから回りながら出てくるんだと。
7.へその緒を切って、会陰切開をした場合はそれを縫う。


…うーん、なんだかとても大変そうだ。
陣痛の痛みというのはとんでもないもののようだし、実際には台の上にはりつけ?状態なのだろうし、なんとかモニターを付けたり、半端じゃない状況のようだ。

しかし、こればかりは妻にがんばってもらう他ない。

こんな凄まじい体験を目前にしているというのに、本人の様子はというと、病院のていねいなガイダンスのおかげなのか、それとも持って生まれた性格なのか、はたまた出産を控えた女性というのはそういうものなのかよくわからないけれど、それほど不安そうな様子もなく、精神的にはとても落ち着いていて、むしろ出産自体も楽しみにしているみたい。

そしてそんな出産がなんとか終わると、こんどはさっそく朝昼夜深夜問わずの授乳が始まり、新生児との生活にそのまま突入。
入院期間は5日くらいほど。
入院中の細かいことはよくわからないけれど、まずは母親の体力回復が一番で、その他授乳したりいろいろあるみたい。

それにしても、たとえばこんな流れひとつとっても、子どもがいるひとたちにとっては常識なのだろうけど、初めて赤ちゃんを迎える私たちには知らないことばかり。


出産目前の準備としては、入院の準備を整えて荷物をまとめておくこと、緊急連絡先のリストを作っておくことくらい。
あとはなるべく遠くに行かない(病院から片道1時間以内を行動圏としよう…って自宅が一番遠いかも)、夫も急な運転に備えてお酒は常に控える、携帯電話はちゃんと充電しておく、などなど。

まだまだ先だと思っていたのに、気が付いたらもう出産も目前のような気がしてきた。

考えてみれば、予定日の3週間前からは正常産なのだから、5月27日、つまりあさってからは正常産の時期、つまりもういつお産が始まってもおかしくない…ということ。

子どもと会える日がいつになるかはわからないけれど、不安ちょっぴり楽しみいっぱい。

陣痛が始まるのを待っている、そんな今日この頃だ。

2005.05.20

ふたり暮らしの終わりに 妊娠36週目(10ヶ月・臨月)

今日から妻は妊娠10ヶ月。いよいよ臨月だ。

いつ出産になるかわからないけれど、何事もなく無事に赤ちゃんが生まれてくれば、来月の今頃には私たちは3人家族。

ということは夫婦ふたり暮らしはもうすぐ終わり。

…最近、そんなことを少し考えている。


結婚して7年と少し。
私たちは、ずっとふたりで生きてきた。
嬉しいことも、悲しいことも、どんな気持ちもふたりで共有してきた。
一緒に過ごさない休日なんてなかった。ふたりでいろいろなことを見て、知って、体験してきた。
手を取り合い、しっかり前を見て一歩一歩共に生きていた。


自分の30年の人生において、ラッキーがふたつ。
ひとつは自分がこの世に生まれてきたこと。
もうひとつは、自分がまだ19歳になったばかりのとき、いま妻となった人と出会い、そして結婚できたこと。

この人と出会ったことで、自分の人生は「晴れ」で行くことが決まったように思う。


絶対の信頼関係、お互いに認め合い、助け合う気持ち。

たとえば北海道に移住したとき。
たとえば一緒に事業を立ち上げ、慣れない色々に四苦八苦しながらも、なんとかそれを軌道に乗せたこと。

自分たちが住むべきところを見つけたこと。家を建てたこと。

そしていつの日か尊敬しあえる夫婦になれたこと。


思い返せば、病気になったり、変質者の被害にあったり、交通事故でもうダメかも?という目に遭ったりと、何もかもがすべて順調だった…というわけではない。
でも、どんなときも夫婦の信頼関係が揺らいだことは一瞬だってなかったし、私たちの夫婦関係はいつも雲一つ無い快晴だったことだけは間違いがない。

新婚のときに比べたら、もう比べようもないくらい私たち夫婦の絆は強固なものになったし、いろいろな意味で、より頑丈な家族を作り上げていくことができたと思う。

もしかすると、子どもが出来なかった期間は、こんな準備をするために与えられた期間だったのかも?とも思う。


もうすぐ私たちの赤ちゃんがやってくる。
それはどんな暮らしなんだろう。

いままでずっとふたりの世界だったことを思えば、ほんのちょっとだけさみしい気もするけれど、でもやっぱり赤ちゃんが来るのはとても楽しみだし、子どもが大きくなる過程は今からとても楽しみだ。
子どもとやってみたいことだってたくさんあるし、大人になっていく過程で伝えていきたいことだってたくさんある。

11年前に付き合い始め、7年前に結婚してから今までの日々がそうであったように、きっと子どもを通して、もっともっと自分たちもまた成長できるはず。


ふたり暮らしの終わり。

赤い婚姻届にふたりの名前を書いたときの気持ち。
横浜の小さな白いアパートの鍵を受けとったときの気持ち。
結婚式でみんなにおめでとう!って言ってもらったときの気持ち。

またふたり暮らしに戻るときも、今と同じような気持ちをもったふたりでいたい。

いつの日か、今よりも少し歳をとった私たちが、大人になった最後の子どもを「じゃあね」と並んで見送るその日まで。

2005.05.16

夫の実家の手伝いは必要?

先日、東京に住む妹と電話で話をしていたら、母親が出産の手伝いをしに北海道に来ようとしている…ということが偶然発覚。

ええっ!?
そんな話はまったく聞いていないけど!?

どうやら私たちには一切相談せず、自分の支援が必要に違いない、と決めつけて、ひとりで勝手に話を進めていたようだ。


あわてて実家に電話をかけ、母親の言い分を聞くと、母親自身、息子が生まれたときに、同居していた義母に家事や赤ん坊の世話をかなり手伝ってもらい、それがとても助かったから…ということらしい。


うーむー。

こういうときは妻の意見が最優先。
聞くまでもないけど一応聞いてみると、妻の意向としては、たとえ赤ちゃんの世話が大変でも、夫と赤ちゃんだけのほうが気が楽…というスタンス。

嫁と姑、仲が悪いわけでもないし、なにか相性がよくない…というわけでもないのだけれど、妻はとても気遣いをするタイプ。姑への気遣いだけでとても疲れちゃいそう。


自分の意見としても、いままで二人でお気楽に生きてきて、そこに母親とはいえ他人が一時的にしろ同居する…というのはちょっと想像しにくい。

もちろん掃除もちゃんとしなきゃいけないし、トイレのときは扉閉めなきゃいけないし、所かまわず放屁しながら歩けないし、風呂上がりに裸でウロウロできないし……ってそれは子どもがいても同じか(笑)


いままで妻の仕事が猛烈に忙しく、家事その他のすべてを、夫である自分が仕事をしつつなにからなにまでやっていた期間も長い。
なにしろ自称兼業主夫だし、もちろん赤ちゃんが来ても、とりあえず一人目は夫婦ふたりで乗り切れるような気がする。

妻の食事の仕度は今でも自分がやっているし、いざとなれば今は昔と違って24時間営業のスーパーや、冷凍のお総菜など、なんでもある。
困り毎にはネットもあるし…。

それに我が家は車がないと、買い物にも銀行にも病院にもどこにも行けないけれど、免許を持たない母が手伝いにきて、右も左もわからない土地でどうする気なのだろうか?


30年前の母の出産当時は夫のサポートなんてこれっぽっちも受けられなかったのであろうことはすぐ想像できるけど、自分の場合はまぁ困ったことがあれば会社を休むのも容易。もちろんサポートする気も満々。

自分はおっぱいはでないけど、しかしそれは母だって同じだし。

それに自分たちの都合だけで北海道に移住してきたのだから、できるだけ自分たちのことは自分たちだけで解決したいという気持ちがなきにしもあらず。

私たちの気持ちとしては「来ないで欲しい」…とまで言うとちょっと言い過ぎだけど、今の仕事を投げ打って、身体の調子も悪いのに(クビが慢性的に痛いらしい)、無理して来てもらうほどのことはないと思う。

初孫の面倒を見たい…という気持ちもある程度は理解できなくもないけれど、しかし今回はちゃんと説明してお断りすることに。
まあ7月にでも、みんなで遊びに来てちょうだい。

というわけで、夫の実家の支援、今回は申し出があったのにわざわざ断った…という話。

とはいえ強がってみたものの…本当は赤ちゃんのいる生活自体がぜんぜんわからないからそんなことが言えるのかも?とも思う。

なにしろ自分も妻も、本物の赤ちゃん自体、さわったことはもちろん、あまり見たことすらなくて、いろいろ読んだり聞いたりしているけれど、知識だけの頭でっかち状態だ。

赤ちゃんの世話が、もう想像を絶するくらいに大変で、重労働で、もう大変!誰でもいいから助けて!という状態に絶対ならない…という確信はなく、単に「わからないだけ」だ。

さてさて、どうなりますか。

2005.05.13

父親・母親学級 妊娠35週目(9ヶ月)

田舎暮らし話はちょっと一休みして、今日は妊娠話。

自分は今回の出産にあたり、ぜひとも立ち会い出産にしたいと思っている。
子どものいる知り合いに聞くと「あまりおすすめできないよ(痛そうなだけでオロオロしゃうから、とか)」「実感ができるからぜひ」とか、人によっていろいろ意見が分かれるけれど、次があるのかないのかわからない貴重な経験、ぜひ「いのちが生まれる瞬間」というのを見てみたい。
夫婦ふたり結婚してこれまでずっとふたりで生きているのだし、これからもそうなのだから、出産という大事なときにも妻のそばにいてあげたい…と思う。妻も立ち会い出産が希望だ。

さて、今日は産科で行われる妊娠教室の日。
この病院では、立ち会い出産希望の場合は、夫は必ずこの教室を受講しなければならず、受講していない場合は立ち会うことはできない決まり。

というわけで会社を抜け出して行ってきた。

「必ず受講」ということなのでいろいろ大変なことを言われるのかと思いきや、内容は一般的なお産の経過の説明や、注意事項などで、特に夫向けの注意事項はなく(「奥さんの足側ではなく、頭側にいて励ましてあげてください」程度)ちょっと拍子抜け。

とはいえ2時間の講習で、目前に迫った「出産」という大イベントの流れはかなり理解できた。

たとえば習ったことのひとつ「入院すべきタイミング」は…
・陣痛が10分間隔になる
・破水(温かい水がでる)したとき
・その他異常があるとき
のいずれかのとき。


妊娠出産についてなにも知らないときの出産イメージは…
奥さんが急にイタタタ…と腹を抱え「あなた生まれそう!」とか言って(笑)、あわてて病院にタクシーや救急車で駆け込み、ぎりぎりセーフで誕生!という感じ。


でも実際は、次第に陣痛が来て、その間隔がだんだんと短くなってきたら、入院の準備。
風呂に入り、仕度をして、場合によっては掃除をしたり買い物をしたりして、10分間隔になったら病院へ。

それから出産まではまだ10時間くらいかかるのが普通で(初産婦の場合)、そんなにせっぱ詰まった印象ではないみたい。
ふーむ。そんなもんか。


田舎暮らし&移住者(=近くに実家がない)という事情ゆえ、人とは違う心配もあった。
たとえば仮に平日の昼間、自分の仕事中にお産が始まるとしよう。

我が家の場合、会社から自宅まで長めに見積もって1時間弱、自宅から産科までも1時間。
たとえば仕事中に「すぐ来て~!」と自宅から職場に呼び出しがあり、即自宅に向かった場合でも、その電話から病院まで最短で2時間は必要。

仮に迎えに行かずにタクシーを呼んだとしても、タクシーなんておそらく来るまで30分はかかるだろうし、この2時間って時間は果たして大丈夫なのか!?とちょっと心配していたけれど、まあ特別な場合以外は大丈夫そう。


そんなわけで、予定日まであと1ヶ月。
妻も「ののお」も元気。

2005.05.02

おおきな腹 妊娠33週目(9ヶ月)

連休の谷間の今日は、自分も妻も通常営業日。つまり仕事。
ゴールデンウィーク真っ最中ということで、いつもよりヒマかな?という期待は裏切られ、なんだかバタバタと忙しい。
妻も今日は連休前&産休前の追い込みということで、シャレにならない忙しさの様子。

さて、妻の妊娠は妊娠33週で9ヶ月。
今週は本来、妊婦定期検診があるべき週なのだけれど、平日が2日しかなくて産科の予約が取れず、今週の検診は無し。

妻のお腹はいよいよ大きくなり、横から見るとぽーんと突き出たお腹がほほえましい。
洋服も、妊婦服はもちろん大丈夫だけど、そうでない服はボタンが閉まらなかったり。

歩く姿勢も自然とお腹と胸を突き出すようになり、妙に姿勢がいいように見えて、歩くスピードもゆっくりになってきた。

胎動も相変わらず激しく、服の上からでも容易に動いているのがわかる。
お腹の形は、飛行機の先頭のようになったり、四角になったりと、うにゅうにゅ動いている。
腹の上から触っても、固いところや、突き出たところがあって、これはもしかすると手?ここはかかと?と、わかりそうな、わからなそうな、そんな感じ。
ネット情報では、頭はもちろん耳もわかる…なんて話もあったけれど、それは無理みたい。

本によると20分くらいごとに起きたり眠ったりしているらしいけれど、たしかに胎動の周期はそんな感じかも。
胎児名「ののお」なので、「ののおー、おはよう!」とか声をかけると、おなかのなかからポン!と返事をする。(…わけないか)


妻の様子はというと、若干疲れやすくなってきたくらいで、それほど体調が悪いということもなく、相変わらず元気。
犬の散歩や土日の買い物にも一緒に行っているし、ガーデニングや旅行の雑誌などを楽しそうに見ている。

先日の休みの日などは、前夜映画見てて遅く寝たのに、なぜか朝6時頃に起きてしまい、ウトウトしながらふと隣を見ると妻がいない!
ええっ!?
と、びっくりして飛び起きると、庭でのんきにバラの手入れなどをしている。
…おいおい…(笑)

平日は仕事。
休みの日は、でかけたり、庭のことをやったり。
そんな毎日。

ところで1ヶ月ほど前に
準備着々 妊娠28週目(8ヶ月)
という記事を書いたところ、ベビー用品の要不要について、いろいろな方にアドバイスをもらいました。ありがとうございます。

結局その後どうなったかというと…
・ベビーカー
…買いました。これって折りたたみ式なのはなんとなく理解していたけれど、ちょっとびっくりするような小ささに折りたためてびっくり。
・沐浴用のベビーバス
…これも買いました。子どもが大きくなったらスイカを冷やすのに使おう(笑)
・だっこひも
…これは買わず。赤ちゃんが来てから考えます。

その他、出産入院用品(下着類だのいろいろ)も完璧、新生児用の服もよりどりみどり完璧、チャイルドシートやベッド、紙おむつに至るまで、お金で買えるモノの準備はたぶん完璧。

あとは名前と、心の準備だ(笑)

2017年7月
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ハルト

  • 20060/04/21
    2005年5月に生まれた長男「ハルト」の写真です

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